「私たちの病気は視野が狭まるんですけど、逆に心の視野は広がるんです」。真っ直ぐこちらを向いたまま、ほのかな笑みを浮かべてそう語ったのは、ロンドンパラリンピック、ゴールボール女子金メダリストの小宮正江である。隣に座っていたチームメイトの浦田理恵がすぐに話を引き取った。「おかげで人間性を磨かせてもらっています」
 網膜色素変性症――。それが彼女たちから視力を奪い取った憎き病だ。小宮は小さい頃に発症し、8歳で将来の失明を告げられた。浦田は20歳の時に急激に視力の低下に見舞われた。
 失意の彼女たちを救ったのはスポーツの力だった。小宮は26歳でゴールボールに出合った。浦田はその小宮のアテネパラリンピックでの活躍を見て、27歳でこの競技を始めた。

 そもそもゴールボールとは、どんなスポーツなのか。目隠しをしながら鈴の入ったボールを投じ、ゴールに入れることで得点を競い合う視覚障害者のための球技だが、聞けば聞くほど奥が深い。
 手がかりとなる音を消すため、日本の選手たちは皿を持つようにボールを下から支え、自らの気配すらも消した。足の運びも大事だ。抜き足、差し足、忍び足。まるで忍者の世界である。

 決勝の中国戦は1対0で競り勝った。攻撃力のあるセンターにボールを持たせないため、両サイドを狙って、敵のエースの投球機会を減らした。戦略と察知力。これを駆使しての金メダルだった。

 小学校の教師を目指していた浦田は光を失う過程で自暴自棄になりかけた。一時は自殺を考えたこともある。それがゴールボールとの出合いによって、前向きな自分を取り戻すことができた。「目隠しをする競技というのは、逆に見えないことが強みになる。いろんな感覚が研ぎ澄まされるし、イメージも湧いてくる。未知の自分に出会える楽しみもあるんです」

 キャプテンの小宮が続けた。「金メダルを獲ったといっても、私はアスリートとしても人間としても、まだ未熟。心の弱さが時々、顔をのぞかせる。もっと成長するためには、乗り越えなければならないものが、たくさんあります」

 最後に浦田がこんな軽口を叩いた。「私たち目は悪いけど、性格の悪い人よりは良くないですか?」。うなづくと、すがさず切り返しの変化球が飛んできた。「あら、自分の性格を棚に上げて言っちゃいましたね(笑)」

<この原稿は12年10月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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