第2戦、案の定、岩隈は2回3分の1でKOされた。6回表が終了した時点で2対6と4点のビハインド、これを伏兵・水口栄二の3ランで追いつき、8回、タフィ・ローズの決勝3ランでゲームを引っくり返してしまうのだから、やはり“いてまえ打線”はダテではない。
<この原稿は2001年11月号『Number』(文藝春秋)に掲載されたものです>

 驚いたことがひとつ。大阪近鉄の三澤興一は今季7勝(0敗)をあげた貴重なセットアッパーだが、梨田監督が彼を投入したのは4点のビハインドがある5回だった。いくら試運転の意味合いも含んでいたとはいえ、セ・リーグで、勝ちゲーム用セットアッパーをこんな場面で使うチームはない。
 しかし、終わってみれば中盤、リードを許さなかった三澤の粘投が逆転のおぜんだてをしたことになる。つまり、大阪近鉄にとって4点程度のビハインドは慌てる点差ではないのである。全く異なる得点の概念を持つ、いわば異文化のチームであるということもできるだろう。

 試合後、ベンチ裏では逆転勝ちの立役者となった水口が、目が点になるようなことを言った。
「昨日ね、監督が試合後に言ったんですよ。“オマエら、ノーヒットノーランで負けても1敗は1敗や。気にするな”ってね。あれで気持ちがスーッと楽になりました」
 大阪近鉄は自慢のいてまえ打線が火を噴いて、シリーズを振り出しに戻した。いかにも近鉄らしい豪快な勝ちっぷりで、3戦目以降に期待を抱かせた。
 選手たちは、まるでそれが合言葉であるかのように口々に言った。
「もう1回、ここに戻ってきますワ……」
 週末の土曜日、まさか大阪ドームの巨大な空間から歓声が消えることになるなど、いったい誰が想像しえただろう。
「いや、あのくらい(いてまえ打線が)打つのはわかっていましたよ。別にショックはないですね。これからですよ」
 バスへ向かう無言の“葬列”の中で、ひとり古田敦也だけが冷静に質問に答えていた。

 そして、第3戦、シリーズのカギを握る場面が訪れる。大阪近鉄のスターターは、やっとバーグマン。初回に2点を奪われたものの、彼自身の調子は悪くなかった。
 5回、大阪近鉄は代打川口憲史のタイムリーヒットで1点を返し、なおも1死一、二塁。勝負をかけるには絶好の場面である。
 大阪近鉄には、この時点でライトの磯部公一を含め、キャッチャーのできる選手が4人いた。このシリーズ、古久保健二のバットは一度も快音を発したことがなく、この日も、最初の打席は鬼神の表情で投げまくる入来智にショートゴロに封じられていた。多くを期待することはできない。

 しかし梨田監督は動かなかった。あえなく三振。迎えるバッターは、ピッチャーのバーグマン。なぜか、ここで指揮官が動く。代打・阿部真宏。根拠がないのが大阪近鉄の野球とはいえ、この采配は無意味だ。
 いうまでもなく、大阪近鉄のレギュラーシーズンのチーム防御率4.98は両リーグのワースト記録。2回以降、徐々に調子をあげてきたバーグマンを、なぜ代える必要があるのか。
 百歩、いや千歩譲って代打を認めるにしても、なぜレギュラーシーズンでの打率が1割9分4厘のルーキー阿倍なのか。バーグマンに代えてでも試合を引っくり返したいのなら、ここは思いきって北川博敏という最強のカードを切るべきではないのか。
 入来智と阿部では役者が違い過ぎる。案の定、空振り三振。その後、バーグマンに代えて投入した香田勲男、関口伊織が集中砲火を浴び、大阪近鉄は4点を失った。シリーズ最大の分水嶺で、梨田監督は理解不能なカードを切り、自ら“敗者の谷”へと転げ落ちていったのである。
 思うに、指揮官には強迫観念があったのではないか。名捕手であった梨田がバーグマンの調子を見極めきれないはずはない。それにもかかわらず代打を送ったのは、前の打者の古久保を代え損なった自責の念ゆえか。それがより積極的に仕掛けなければいけないという誤った前がかりの意思を生み、この采配を機に猛牛打線は妄牛打線へと失速していく。

 指揮官の強迫観念は4戦目のスタメンのオーダーにはっきりと表れていた。中村紀洋をショートに回し、最も当たっている北川を5番に起用した。キャッチャーは初スタメンの的山哲也。指揮官の焦りが手にとるようにわかるオーダーだった。
 ボクサーにたとえていえば、大阪近鉄はファイターである。前半から中盤にかけてポイントをとられても、後半、一発のハードパンチで相手をキャンバスに沈めるだけの破壊力を秘めている。それこそがこのチームの最大の持ち味なのだ。
 前半はロープに詰められて打たれっ放しになってもいい。フラフラになっても急所さえブロックしていれば、後半必ずチャンスは巡ってくる。相手を乱気流に巻き込み、できればノーガードの打ち合いに持ち込む。そのためには強いカードは温存しなくてはならない。いくら先発が左の前田浩継であるとはいえ、いてまえ打線の、いわばフィニッシュパンチである北川をスタメンで起用すること自体、指揮官の焦りの反映ではなかったか。
 5割2分6厘――。この数字にこそ、梨田監督はこだわるべきだった。今季、大阪近鉄は78勝のうち実に41勝を逆転勝ちで飾っている。勝負強いといえば聞こえはいいが、これほど常軌を逸したチームも珍しい。先取点がほとんど何の役にも立たないのだ。

 であればこそ、先に動いてはならない。ファイターが足を使い、前半からポイントを奪いにいったところで相手は怖くも何ともない。集中打を浴び、ロープを背負いながらも、ひたすらクロスカウンターのチャンスを窺っているからこそ、相手は恐れをなし、ミスを犯してしまうのだ。

 柔和なマスクの指揮官が犯した最大の過ち――それは自らが率いる集団のチームカラーを最後まで信じ切ることができなかった点にあるのではないか。3戦目以降、地に足をつけた戦いを演じていれば、少なくとも週末の土曜日のプライムタイム、すなわち最も贅沢な時間に、この国から球音が消えることはなかった。

(おわり)
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