「何をやってもうまくいきませんでした」
 鍛代元気は悩んでいた。P.S.T.C. LONDRINA時代から積み重ねてきた自分のプレースタイルは、Fリーグでも通用するのか。練習で思い通りのプレーができず、開幕戦、第2節はベンチに入ることさえできなかった。第2節終了後、彼は「自分のプレースタイルがわからない」と、監督の相根澄に相談した。すると、相根からあるフットサル選手のプレーが収められたDVDを手渡された。
 その選手の名はカブレウーヴァ。元ブラジル代表で、ポジションは鍛代と同じアラ(サッカーのMFに相当)。体格もよく似ていた。プレースタイルは、中へも縦へも仕掛けられるようにボールを持ちながら、緩急を使って相手をかわし、シュートを打つ。“オフ・ザ・ボール”(ボールを持っていない時)もそういった自分の得意とするかたちに持っていくための動き方をする。そして、常にゴールを意識している――。まさに鍛代のプレースタイルと同じだったのだ。
「あまり自分のプレーを客観視したことはありませんでしたが、カブレウーヴァの映像を見たら、『自分もボールを持ったらこうするな』と。彼のDVDを見てからは、迷いが吹っ切れました」

 Fリーグであっても、これまでどおりゴールに向かってぐいぐい突き進む。鍛代は練習から“自分のプレー”で首脳陣にアピールした。やれることはすべてやり切り、第3節のエスポラーダ北海道戦に臨むメンバー発表の日を迎えた。

 予言されていた初ゴール

 Fリーグの公式戦の選手登録枠は12人だが、通常はゴレイロ(※キーパー)が2人入るため、フィールドプレーヤーの枠は実質10人となる。北海道戦のメンバー発表では、先に読み上げられた10人のフィールドプレーヤーに、鍛代の名前はなかった。
「ああ、外れたか」
 鍛代は悔しさをにじませた。ところが、である。ゴレイロの選手のひとりが発表された後に、鍛代の名が読み上げられたのだ。「今回、ゴレイロはひとりでいく」と相根は選手たちに説明。試合中、たったひとりのゴレイロがケガをしてしまえば、試合が壊れてしまう危険性もあった。
「ゴレイロをひとり外してまで、僕をベンチ入りメンバーに選んでくれた。この期待に応えなければいけないと強く思いました」

 6月25日、そんな強い思いを胸に秘め、鍛代は北海道に乗り込んだ。「いつ出番が来るんだ」とはやる気持ちを抑えながら、彼はアップゾーンで体を動かし続けた。そして、前半の半ばを過ぎた頃、ついにその時がやってきた。
 
「元気、行くぞ!」
 スタッフから声がかかり、指揮官からは「ゴールを狙っていけ」と指示を受けた。ビブスを脱いだ背番号15がタッチライン際に立った。鍛代は「タッチラインを隔てて、世界が違うように感じた」とその時の心境を振り返る。フィールドに入ってしばらくは、浮足立って周りが見えていなかったという。しかし、時間が経つにつれて、徐々に視野が広がり、ボールにも絡むようになった。

 試合は前半を終えた時点で1−2と湘南がリードを許す展開。鍛代は後半もベンチからのスタートとなった。前半同様、出番に備えてアップゾーンで体を温めていた。そんな時、ある選手が彼に声をかけた。元フットサル日本代表の藤井健太である。
「次、ゲームに出た時、ゴール前にボールが来る。それをコースに狙って打てば入るぞ」
 鍛代はこう得点を予言されたのだ。

 その場面は後半14分に訪れた。直前に交代出場していた鍛代が、コート中央付近で相手にプレスをかける。これがパスミスを誘い、奪った味方からボールを受けて湘南のエース・ボラにつないだ。ボラは左サイドにドリブルを仕掛ける。この時、鍛代は「ボールが転がってくる」と感じていた。すると、ボラと相手選手との混戦から、本当にボールがゴール前にこぼれてきたのだ。左足で振り抜いたシュートはゴール右上へ。藤井の予言が現実となった瞬間だった。ゴール後、彼は北海道まで駆け付けた湘南サポーターのところへ一直線に駆け寄り、喜びを分かち合った。

 デビュー戦での初ゴール。本人は「持っているなと思いました」と笑い、こう続けた。
「点を取れたことでFリーグでもやれるという気持ちになりました。もちろん足りない部分もありますけど、それを少しずつ練習で補っていけば、戦える選手なんだと」
 試合には敗れたものの、鍛代はFリーガーとしての第一歩はしっかりと踏み出した。

 衝撃的ハットトリック

「彼が他の選手と違うところは、常にゴールを狙っていること」
 相根はこれが鍛代の特徴であり、武器でもあると語る。それだけにデビュー戦でのゴールも「決めるべくして決めた」と、特段、驚きはなかったという。鍛代によると、北海道戦後に監督から直接褒められることはなかった。しかし、第3節以降は常にベンチ入りを果たし、途中出場で起用され続けている。これが指揮官の評価だったに違いない。

 そして“持っている男”は第5節(7月21日、対府中)で今季2点目を挙げると、第1クール最終節のアグレミーナ浜松戦(8月19日)で本拠地「小田原アリーナ」に詰めかけた観衆の度肝を抜いた。当時、湘南はリーグ戦の成績も8試合で1勝1分6敗と負けが込んでいた。第2クールへ勢いをつけるため、ホームで勝ち点3を落とすわけにはいかなかった。しかし、試合は前半を終えて0−2とリードされる苦しい展開となった。それでも、後半2分にボラが1点を返すと、チームも会場も湘南ペースとなる。この波に乗ったのが鍛代だった。

 9分、左サイドで小野大輔がボールを持つと、逆サイドで相手の裏へ抜け出す。そこにピンポイントでパスが通り、鍛代は滑り込みながら右足でゴールに流し込んだ。これで同点。そして、このゴールの余韻に浸る暇もなく、背番号15が逆転弾を決める。左サイド深くで得たキックインのチャンス。鍛代は一瞬のスピードでペナルティボックス中央に飛び込むと、右足を伸ばして浮き球に合わせた。いずれもLONDRINA時代から繰り返してきた「相手の視界から消える」動きでゴールをおとしいれた。あっという間の逆転劇に小田原アリーナが沸き立つ。しかし、これで終わりではなかった。

 17分、鍛代がこの日3点目を決め、ハットトリックを達成したのだ。自陣からのカウンターでコート中央に抜け出し、飛び出してきたゴレイロと1対1の場面を迎える。ここでも彼は落ち着いていた。左右に体を振って相手の体勢を崩し、右足で股抜きシュート。ボールは無人のゴールに吸い込まれた。歓喜に揺れる小田原アリーナはまさに、“鍛代劇場”と化した。観戦していたスクールの教え子たちの前で見事、結果を出し、試合の「マン・オブ・ザ・マッチ」に輝いた。
(写真:(C)SHONAN BELLMARE)

「後日、スクールで生徒からたどたどしく『コーチ、ハットトリック、おめでとう』と言ってもらえたのは嬉しかったですね(笑)」。“元気コーチ”の泥臭く、それでいて鮮やかにゴールへ迫るプレーは、きっと子供たちの目に焼きついたことだろう。

「3点とも、僕は“ちょん”と触っただけ。そんな状況をつくりだしてくれたチームメートに感謝です」
本人はこう謙遜したが、指揮官は「常にゴールを狙い続けている選手のところには、得点チャンスが転がってくる」と彼の貪欲な姿勢を高評価し、「3点とったのは自信になったんじゃないですかね」とさらなる活躍を期待した。

 第1クール終了後に開催されたリーグカップでも、鍛代は好調を維持した。4試合で5ゴールを叩き出し、内容、結果ともに充実して第2クール開幕を迎えた。ところが、劇的な活躍により鍛代への包囲網もまた迫っていた。

 得点を“生み出す”選手へ

「動きを読まれてきたかもしれない」
 鍛代は第2クールに入ってから、マッチアップする相手にこんな変化を感じた。第1クールではことごとく相手の裏をとって、ゴール前に入ることができていた。だが、第2クールでは、体の向きを変えてついてくる相手にブロックされることが増えた。相根は「(第1クールとリーグ杯で)点を取っているので、やはり他チームも『アイツには気をつけよう』と意識している」とその要因を分析する。では、ディフェンスの壁を越えるために必要なことは何なのか。指揮官はこう語った。

「ゴールに向かうプレーをやり続けること。それと、常に進化していく必要があります。ゴールを決めたかたちを絶対的な自分のかたちにする。そこにプラスアルファで右に持って出るのか、左に持って出るのか。1択ではなく3つ、4つと選択肢があれば、それだけゴールが奪いやすくなりますから」

 相根のアドバイスを鍛代もよくわかっている。
「第1クールは本当に“イケイケ”で、とにかく裏へ抜け出してシュートということを考えていました。でも、今は監督に言われた“本当にシュートがいいのか、それともパスを選択したほうが得点の確率が上がるのか”を、ギリギリまで見極めるようにしています」

 つまり、点を“取る”だけではなく、点を“生み出す”選手になるということだ。その結果、第2クールはアシストや得点を演出するプレーが増えている。8試合を終わって無得点だが、相根は「彼がゴールを狙うことによって、ディフェンスを引き付け、味方選手が生きている」と評価する。本人も得点に絡めている分、それほど焦りを感じてはいない。鍛代はまさに今、フットサルプレーヤーとしてバージョンアップしている最中なのだ。

 それにしても、なぜ彼は他人からの言葉をこうも真摯に受け止められるのだろうか。
「やはり、“ああしろ、こうしろ”と言われると選手は“なんだよ”とふてくされることもあると思います。でも、監督やコーチの言葉には必ず意味がある。僕はそれをわかっているつもりです。これも僕自身がコーチとして、子供たちに教えてきているから。コーチとしての経験があるからこそ、今の自分があると感じています」
(写真:(C)SHONAN BELLMARE)

 今後の目標は「日の丸をつけて、W杯で優勝する」ことだ。次回の2016年大会時は26歳。年齢、体力的にも脂が乗り出すタイミングだ。目標に達するためには、湘南での活躍が絶対条件となる。
「小さい頃から応援しているクラブに関われていることは本当に幸せです。ですから、試合を見にきてくれる人にプレーでその気持ちを表現したい。“ベルマーレは鍛代だな”と言ってもらえる選手になりたいですね」

 愛するクラブのコーチと選手になる夢を叶えた男だ。そんな22歳の輝く未来を、期待せずにはいられない。

(おわり)
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鍛代元気(きたい・げんき)プロフィール>
1989年11月5日、神奈川県生まれ。サッカー歴は真土イレブンズ―FC湘南大磯―大磯高―横浜スポーツ&リゾート専門学校。07年にフットサルを始める。BOMBA NEGRA―P.S.T.C. LONDRINAを経て、今季から湘南ベルマーレに加入。デビュー戦でゴールを決め、第9節ではハットトリックを達成。また、10年から湘南でサッカースクールのコーチとしても働いている。一瞬の速さで相手の背後をとるプレーが武器。身長178センチ、体重62キロ。背番号15。

(鈴木友多)

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