FWの黒崎比差支は言う。
「ジョルジーニョがボールを蹴る時、インフロントかインステップかインサイドかを注意深く見るようにしています。要するに味方がシュートしやすいキックは何かということを彼は瞬時に判断しているわけです」
<この原稿は1995年9月の『月刊現代』に掲載されたものです>

 アントラーズの選手たちに聞くと、ジョルジーニョのストレート系センタリングは速くて強い。日本人には蹴ることのできない性質のボールではないか、と指摘する向きも多い。
「もし、一般の人がジョルジーニョのストレート系のセンタリングを受けたら、頭がクラクラして、その場にへたり込むんじゃないかな」

 黒崎と2トップを形成するFWの長谷川祥之は真顔で言った。ヘディングの強さには定評のある長谷川だが、ジョルジーニョが来日するまで、これほど威力のあるセンタリングを受けたことはなかった。日本人のボールはフワーンとしていて、頭に衝撃が残るというようなことはなかった。

 長谷川は続ける。
「ジョルジーニョはストレートの他に、落ちるボール、緩いカーブ、速いカーブと、僕が知っているだけでも4種類のセンタリングを使い分けます。その場面で一番いいボールを選択して出してくれるわけです。一面で厳しいところもあります。ゴール前にちょっとでも入るのが遅れたりすると、“なぜ入らないんだ!”と厳しい声が飛んできます。組織的なプレーに対しても常に目を光らせています」

 では敵方から見たジョルジーニョはどういう選手なのか。多彩なセンタリングの使い分けを、ヴェルディの都並はこう分析する。
「ゴール前にオープンスペースがあって(アントラーズの)FWが走り込んでくる時にはインフロントキックで外側から巻いたボールを送る。反対にゴール前が詰まってくると、競ってる人間がジャンプするタイミングを見計らって、強くて速いキックをインステップで放つ。この使い分けは見事ですよ。

 普通、これだけのテクニックがあると、サッカー選手の性として、どこかでそれを引けらかしたくなるもの。ところが、ジョルジーニョは頑なまでにそれをやらない。欲を捨てたプレーというのかな。トラップだってドリブルだって、ものすごく巧いですよ」

 ジョルジーニョは、球際にも滅法強い。フィフティフィフティのボールの競り合いに敗れることはほとんどなく、最後の最後までボールに執着する。
「コンタクトは強く心がけるように。敵の前に(ボールが)こぼれるか、自分たちの前にこぼれるかで勝負が決まることもあるんだ」。ジョルジーニョは口ぐせのようにチームメイトにこう語りかける。

 スピードに乗ったドリブルも、ジョルジーニョの大きな武器のひとつである。ボールをきちんとコントロールできるテクニックがあるため、彼が右サイドを猛スピードで駆け上がっても誰もそれを止めることはできない。DFの大野は「目の錯覚なんでしょうか。普通に走っている時よりも、ドリブルしてる時の方が速く感じられるんです」と首をかしげながら話した。
 ジョルジーニョに精緻なサッカーマシーンを連想してしまうのは筆者だけだろうか。

 さて、アントラーズサッカーの魅力を語る上で、もうひとり忘れてはならない人物がいる。中盤の好守の要、サントスである。アントラーズは初年度、ファーストステージで優勝を飾ったが、実質上のMVPがこのサントスであった。

 中盤の下がり目、上がり目どちらもカバーし、抜群のポジショニングでパスカットをしたかと思えば、激しいコンタクトプレーにも勝利する。とりわけ敵からボールを奪いとる際の右足はナイフのように鋭く、このサントスを起点にしたパス交換が一時期のアントラーズの攻撃パターンでもあった。

 サントスはゲームメイクにもすぐれ、やわらかいタッチのトラップから絶妙のスルーパスをここぞという時に通すことができた。卓越したテクニックの持ち主ながら、ジョルジーニョ同様、決してそれをひけらかすことはなく、アントラーズの“へそ”として、90分の間、ずっと好守のバランスの引き締め役に終始した。ジーコが去ったあとの文字通りのチームリーダーであった。

 しかし、ファーストステージを限りに、アントラーズを去ることが決定した。移籍先は清水エスパルス。老いたりとはいえいぶし銀的な光彩を放つサントスの存在感は際立っており、アントラーズは得がたい人材を失った。

 中盤にサントス、右にジョルジーニョ、左にレオナルド――この3人で構成する三角形は力強さとしなやかさが同居しており、局面に応じて、この大きな三角形の中に移動式の小さな三角形がいくつもできるのがアントラーズの特徴だった。ボールは小さな移動式の三角形の中で生命力を養い、ゴール前には決まって意志を持った生き物として出現した。

 少々、リスクを負っても縦へ縦へと展開し、両サイドを力強くえぐった後、相手DFの裏側にFWを走り込ませるヨーロッパ型のシステマティックなサッカーと、南米の流れるようなリズムを基調にしたアントラーズのきめ細かいサッカーは明らかに質を異にしていた。じっくり、とろ火で炙ったような味わい深いアントラーズの後方からのパス回しはサントスの差配によって成立し、さらに言えばテコの支点の役割に徹することでレオナルドとジョルジーニョは状況に応じて力点と作用点の役割を交互に担うことが可能だったのである。失ったものの大きさに気づく日が、近い将来、必ずやってくる。

(おわり)
◎バックナンバーはこちらから