是枝亮がエアロビック競技に出合ったのは小学2年の時だった。7歳上の姉が通っていた教室に母親と観に行った時、先生に「一緒にやってみない?」と声をかけられたことがきっかけで始めた。
「最初はマット運動がメインだったのですが、それが僕には楽しいと思えたんです」
 野球やサッカーには目もくれず、是枝はエアロビック競技の世界にのめりこんでいった。
 さらなる成長を求めて

 是枝が才能を開花させるのに、そう時間はかからなかった。小学4年で全日本選手権ユース・トリオの部で初めて表彰台に上がると、小学5年からは全日本選手権ユース・シングル部門5連覇と国内ではトップを走り続けた。国内開催の国際大会スズキワールドカップでは、小学6年でユースのシングル、トリオ部門で2冠に輝いた。中学1年で同大会トリオ部門の連覇達成と、是枝の競技人生は順風満帆そのものと言っても過言ではなかった。

 しかし、高校2年からシニアの部に上がると、是枝の前には大きな壁が立ちはだかった。技の難度はもちろんだったが、それ以上に感じたのは表現力だった。
「初めてシニアの部に出場した高2の全日本選手権で、ユースとの違いをまざまざと感じました。シニアには単なる技のレベルや美しさだけでなく、大人っぽさがあったんです」

 その年に続いて、翌年の全日本選手権も3位だった。実はこの時、是枝は万全ではなかった。予選直前、体調を崩してしまったのだ。そのまま強行して予選には出場したが、無理がたたって病状が悪化し、1週間ほど入院を余儀なくされた。その間、体重は5キロ減ったという。練習もままならない中で出場した本大会での表彰台は、大健闘といっていい。だが、本人は決して納得していなかった。演技を終えた瞬間、是枝は優勝はできないと悟っていた。家族の待つ観客席に行くと、こらえていた涙がこぼれ落ちた。会場で涙を流したのは、幼少時代以来だった。体力が戻らない中、精一杯の演技をした。家族にも「よく頑張った」と言ってもらえた。だが、本来の演技ができなかったことが何よりも悔しかった。

 普通なら「体調さえ良ければ」と思うだろう。だが、是枝はトップに立てない原因は体調不良だけのせいだとは考えていなかった。さらなる成長には、何かを加える必要があった。「このままではダメだ」。全日本選手権後の是枝は、ある思いを強くしていた。

 大学でもエアロビック競技を続けることを決めていた是枝は当初、地元福岡に近い九州の大学への進学を考えていた。だが、最終的に彼が選択したのは、北海道にある北翔大学だった。そこには、彼が尊敬する指導者がいた。日本エアロビック連盟審判委員会委員長を務める菊地はるひだ。是枝は自分の成長には菊地の指導が必要だと考えていたのだ。

「高校時代から毎年、北海道の大会に出場していて、大会後には、先生に練習を見てもらっていたんです。国際審判員でもある先生からのアドバイスは、いつも驚くことばかりでした。自分でいいと思っていても、実は審判には違う印象を与えていることを的確に指摘してもらえるんです。先生の指導を受ければ、絶対に自分の競技力は上がる、という確信がありました。それに、高校2年からシニアの部に出場した全日本選手権では2年連続3位に終わったことで、変わらなくちゃいけないという気持ちが一層膨らみました。改めて新しい環境に行くことの必要性を感じたんです」

 日常にこそある表現力のカギ

 是枝が初めて菊地に会ったのは、中学時代の日本代表合宿だった。審判委員長という立場である菊地は、当時の是枝には遠い存在だった。一方、全日本選手権や国際大会で審判員を務める菊地にとっては、是枝の存在は彼が小学生の頃からよく知っていた。だが、面と向かって話をしたことはなかった。そのため、代表合宿で初めて指導した際、菊地はその謙虚さに驚いたという。
「挨拶もきちんとするし、とてもマジメな子という印象でしたね。彼は小学校時代からその世代のトップクラスで活躍していました。小さい頃から目立つ存在だと、勘違いすることもあるのですが、彼はとても控えめな性格でした」

 その性格は是枝の長所でもあり、また課題でもあると菊地は語る。
「真っ直ぐな性格は彼のいいところです。その部分はこれからも残してほしいなと思っています。でも、演技をするうえでは自分を表現しなければならない。だから、普段の生活からもっと意思表示ができるようになると、さらに演技が変わってくるはず。メダルを獲った今年5月のワールドカップでは、それが少し見えてきました。自分で考える力が備わってきたのかなという印象を受けました。入学当初から比べれば、なんとなくやるのではなく、『何のためにどうしていくのか』ということを考えられるようになってきたんだと思います」

 是枝自身もまた、最近、自らの変化を感じている。小学2年から生活の中心はエアロビック競技だったと言っても過言ではない。努力を惜しまずに練習を重ね、何よりもこの競技が是枝は好きだ。それは昔と少しも変わってはいない。それに加えて今、人生におけるエアロビック競技の存在が、日に日に色濃くなってきているのだ。その背景には、やはり菊地の指導があった。

(写真:恩師の指導の下、是枝は着実に成長を遂げている)
「好きでやってきたことでしたが、正直、これまでは漠然としていて、なんとなく続けてきたという部分もありました。でも、今はエアロビックへの思いがすごく強くなっています。それは大学に入って以来、菊地先生に競技のことだけでなく、日常生活の基本的なことからいろいろと教えていただいていることが大きいんです。例えば、挨拶ひとつとっても、ただ挨拶するだけなく、その姿勢も大事だとか……。生活のひとつひとつが、競技にも結びつくんです。そういうことを意識し始めてから、僕にとってどれだけエアロビックの存在が大きいかがわかってきました」

 では、なぜ菊地は日常生活から重要だと考えているのか。その理由をこう答えている。
「技術というのは、コツコツと練習するしかありません。でも、表現力というのは練習だけで養えるものではないんです。普段からいろんな感性を磨く必要がある。絵を見て『美しい』とか、食べ物を食べて『美味しい』とか、逆に悲しさや憤りを感じたり……。そういうことは、練習だけでできるものではありません。普段から意識しないと感性は磨かれない。逆に言えば、日常生活を変えると、演技も変わってくるんです」

 エアロビック競技の演技は、時間にすれば、わずか1分30秒である。だが、そこには演技者たちの全てが注ぎ込まれている。練習で流した汗や、悔しさで流した涙はもちろん、彼ら彼女らが日々積み上げてきた感情、磨かれた感性が、頭から手足の先にまで溶け込んでいる。だからこそ、人はその演技に何かを感じるのだ。表面上だけではない、心の奥底から湧き出る感情に包みこまれるのである。言葉も文字もない世界で、身体ひとつで表現するということは、そういうことなのだろう。
「もう、エアロビックなしでは生きていけない」
 と是枝は言う。単なる「好き」では終わらない、演技者としての魂が宿り始めたのではないか。

 現在は11月に行なわれる全日本選手権に向けて練習に励んでいる。目標はもちろん、初優勝だ。
「国際大会でメダルを獲れたことは嬉しかったし、自信にもなりました。でも、やっぱり全日本選手権で優勝しなければ、という気持ちがあります。それほど僕にとって全日本選手権の存在は大きいんです」
 成長著しい19歳。彼が日本の頂点に立った時、日本のエアロビック競技界の新世代が幕を開ける――。

(おわり)

是枝亮(これえだ・りょう)
1993年9月24日、福岡県生まれ。小学2年から姉の影響でスポーツエアロビックを始める。小学5年から高校1年まで全日本選手権ユース・シングル部門で6連覇。高校2年からシニアの部に出場し、昨年は全日本選手権・男子シングル部門準優勝。今年5月のFIGワールドカップでは、男子シングル部門でポルトガル大会3位、ブルガリア大会2位。FIGワールドカップでの2大会連続メダル獲得は日本人男子初めての快挙となった。北翔大学2年。

(文・写真/斎藤寿子)
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