これは聞いてみなければわからなかった。同じタッチ板でもセイコー社製とオメガ社製とでは形状に大きな違いがあるのだという。
 これだけでは何のことかわかるまい。実はこれ、プールの壁面に設置されているタッチ板のことである。
 ロンドンパラリンピック女子100メートル背泳ぎ金メダリストの秋山里奈によれば、「表面がセイコー社製はプチプチと穴が開いているのに対して、オメガ社製は縦縞の構造になっている」という。彼女はオメガ社製が苦手だった。というのも「日本のプールはほとんどがセイコー社製」だからである。「(オメガ社製は)慣れていないのでロンドンへ行く前は不安でした。スタートが重要な背泳ぎにあって、タッチ板をうまく蹴れるかどうかは非常に重要な要素。滑りでもしたら挽回するのが大変なんです」

 本番直前になって国立スポーツ科学センター(JISS)のプールを使うことが許可された。JISSのプールのタッチ板はオメガ社製で、それに慣れようと秋山は「もう嫌という程」スタート練習を繰り返した。「案の定、最初の練習ではツルッと滑ってしまいました。もし(オメガ社製のタッチ板を)経験しないままロンドンに行っていたら、おそらくスタートで失敗していたでしょう。JISSの合宿でのスタート練習が金メダルに結びついたのだと思います」

 2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室は、パラリンピックに向けた障害者選手専用の施設を設けず、五輪に向けた選手強化の拠点であるJISSとナショナルトレーニングセンター(NTC)を共用する方針を打ち出した。一時は所沢市(埼玉)の国立障害者リハビリテーションセンター敷地内に専用施設をつくる構想が持ち上がっていたが白紙に戻されたようだ。

 この方針には賛成である。というのも、これまで障害者スポーツはリハビリ活動の一環という位置付けであり、主管は厚労省だった。それがパラリンピック競技に限って文科省に移管された今、わざわざ別々の施設で練習する必要はない。

 JISSやNTCの共用は、これまで練習環境に恵まれなかった障害者選手のパフォーマンス向上に加え、健常者と障害者の相互理解をも促すだろう。それでこそ“心のバリアフリー”である。共生社会の実現に向け、スポーツこそがトップランナーになるべきだ。

<この原稿は14年4月23日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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