ブラジルW杯が開幕する前のことだ。元日本代表GKの小島伸幸に「GKにとって最も必要な条件は何か?」と質した。
「一番は人間性です」
 意外な答えが返ってきた。
「GKは失点した場合、全部、それをひとりで背負い込なければならない。そこで他人のせいにしていたら、仲間から信頼されないんです。当然、仲間からの信頼がなければ、共同作業もできない……」


 ブラジルW杯はドイツの4度目の優勝で幕を閉じた。優勝の最大の立役者はGKのマヌエル・ノイアーだった。大会最優秀GKにも選ばれた。
 MVPこそアルゼンチンのFWリオネル・メッシに譲ったが、本来ならノイアーがMVPでもおかしくなかった。それ程までに彼のパフォーマンスは輝いていた。

 優勝直後のインタビューで、ノイアーは語った。
「自分だけでなく、チーム全体が素晴らしい仕事をした。(優勝は)ピッチに立っていない選手まで含めて、皆が“勝ちたい”と一致団結した結果。故障者やブラジルに来られなかった選手も含め、皆がチャンピオンだ」

 言葉の端々にノイアーの人柄が垣間見えた。仲間から絶大の支持を得ている最大の理由――それは「人間性」なのである。

 ノイアー本人も5月に右肩じん帯を部分断裂した際には、W杯に間に合うかどうか微妙だった。「故障者やブラジルに来られなかった選手」にまで言及したのは、そうした理由もあったのだろう。

 GKの安定性を示す数値のひとつにセーブ率がある。分母がセーブ機会数、分子がセーブ数だ。

 グループリーグから決勝までの7試合でノイアーが記録したセーブ率は86.2%。優勝を争ったアルゼンチンのGKセルヒオ・ロメロの82.6%、3位オランダのGKヤスパー・シレッセンの81.8%も、かなりのハイレベルだが、ノイアーを上回るものではなかった。

 ひとりだけ違う色のユニホームを着ているものの、そのプレーぶりはフィールド・プレーヤーのようですらあった。果敢にペナルティーエリアを飛び出して未然にピンチを防ぎ、速く、正確にボールをフィードし続けた。

 決勝トーナメント1回戦のアルジェリア戦では、裏に抜け出た相手FWをタッチライン際に追い込み、最後はスライディングでシュートをブロックするという離れ業を演じた。

 ノイアーのプレーから影響を受けたGKは、日本にも少なくない。そのひとりが現代表の権田修一だ。
「彼は裏に出たボールに対し、飛び出してヘディングでクリアしたりするでしょう。GKって普通は受け身なんですが、自分からアクションを起こす。こういうGKって好きですね」

 今後は日本でも、ノイアーのような野心的なGKが増えるかもしれない。それはピッチの活性化につながるだろう。

<この原稿は『サンデー毎日』2014年8月10日号に掲載されたものです>


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