ライトフライ級のリミットが48.9キロであるのに対し、スーパーフライ級のそれは52.1キロ。ボクシングの世界において、3.2キロの体重差は大きな意味を持つ。パンチの重みが格段に違うのだ。ひとつの被弾が命取りになりかねない。


 昨年12月30日、前WBCライトフライ級王者・井上尚弥は、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)が持つWBOスーパーフライ級王座に挑み、2回KO勝ちを収めた。これにより、日本人最速となるプロ8戦目での2階級制覇を達成した。

 井上はゴングが鳴ると同時にエンジンをフル回転させた。初回だけで2度のダウン。2回にもダウンを奪うと、強打を警戒してガードを高く構える王者のボディを狙い打った。とどめを刺したのは左のボディブローだった。

 ナルバエスは世界タイトルを計27度も防衛し、プロアマ通じて1度もダウンしたことがない歴戦の強者だ。だが、速く的確な井上のパンチの前にはひとたまりもなかった。

 試合終了後には、井上のケタ違いの破壊力に驚いたナルバエス陣営が、「グローブに何か細工しているのでは」と注文をつけ、チェックを要求する一幕もあった。前代未聞の出来事である。

 ライトフライ級では10キロ前後の減量に苦しみ、そこから解放されたとはいえ、2階級上のスーパーフライ級は未知のクラス。しかも相手は、軽量級では“レジェンド”とも言える老獪なテクニシャンだ。

 いくら怖い者知らずの21歳でも、少々、荷が重い相手のように映った。
それが、どうだ。フタを開けてみれば“レジェンド”を歯牙にもかけなかった。

 敗れたナルバエスのコメントが、井上の怪物ぶりを物語っている。
「若い選手という印象だったが、1回でパンチ力に驚いた。本当に強かった。自分の階級よりも、もっと重いパンチだった」

 周知のように井上はアマチュアボクサーだった父・真吾の影響で小学1年の時にボクシングを始めた。
 門前の小僧習わぬ経を読む、ということわざがあるが、父親の指導を受け、気が付けば、井上少年もボクシングの虜になっていた。高校では全日本選手権と国際大会(インドネシア大統領杯)を含む7冠に輝いている。

 プロに転向してから父子の絆はいよいよ強くなり、デビュー戦からセコンドにつく。所属ジム会長の大橋秀行がナルバエスへの挑戦を打診したところ、「どうせやるなら強いチャンピオンとやりたい」と父子ともども二つ返事で快諾したという。
 ナルバエスを倒したことで、井上の名は世界中に響き渡った。もはや敵は「軽量級最強」と呼ばれるローマン・ゴンサレス(ニカラグア)くらいしか見当たらない。

 ゴンサレスは、世界戦で日本人を3人も退けている。無敗のキャリアに傷をつけられるのは井上を措いて他にはいない。

<この原稿は『サンデー毎日』2015年2月8日号に掲載されたものです>


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