日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三副会長が、この4月、国際サッカー連盟(FIFA)理事に当選した。田嶋は4年前にも立候補したが、落選しており、2度目の挑戦で要職を勝ち取った。5月末のFIFA総会で正式に承認されれば、小倉純二JFA名誉会長以来、4人目の日本人FIFA理事となる。田嶋はこれまでアンダー世代の日本代表監督を歴任し、JFAの技術委員長を務めるなど、日本サッカーの強化・育成に尽力してきた。今後はFIFA理事として、アジアの競技力向上に意欲を見せる。田嶋が抱くビジョンを、13年前の原稿で振り返る。
<この原稿は2002年10月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 鉄は熱いうちに打て――。
 この格言は洋の東西を問わないようだ。

 近年、サッカーの本場ヨーロッパにおいて、若年層の強化、いわゆるエリート教育が盛んになっている。

 たとえばフランス。ここはINF(国立サッカー研修所)と呼ばれる12〜15歳を対象にしたエリート育成機関があり、フランスのサッカーを根底から支えている。INFの主な仕事は、どこのクラブにも所属していない、いわばダイヤモンドの原石を発掘し、育成し、各クラブに送り出すこと。この機関の卒業生は、その8割が国内クラブの育成センターに進み、スキル、フィジカルに始まり、高度な戦術やメンタル面の重要性を叩き込まれることになる。

 もっとも、この制度に問題がなかったわけではない。12〜15歳の少年を家族から引き離すことに対して世間からの風当たりが強くなり、入所者はINF周辺の子供たちに限られるようになったのだ。

 そこで1996年、フランスサッカー協会とスポーツ省、そしてフランスリーグは協力して資金を供出し、全国6カ所にクレールフォンテーヌに設置されたものと同様のエリート育成機関を開設した。

 そこから、どんな選手が育ったか。91年にバロンドール賞にも輝いた点取り屋、ジャン・ピエール・パパンがいる。そしてジュニアユース世代を対象にするようになった新星INFからはティエリ・アンリ(アーセナル)、ニコラ・アネルカ(マンチェスター・シティ)らが……。フランスの栄光(98年W杯優勝、00年欧州選手権優勝)は、INFとともにあったといっても過言ではない。

 またフランスは各クラブも個別に若年層の指導に乗り出し、強豪クラブのナントひとつ例にとってもディディエ・デシャン、マルセロ・デサイー、クリスチャン・カランブー(いずれも98年W杯優勝メンバー)らを輩出している。

 フットボールの祖国イングランドだって負けてはいない。現在、プレミアリーグ所属のクラブを中心に30以上のアカデミーがあり、なんと8歳から指導にあたっている。

 より具体的に言おう。アーセン・ベンゲル率いるアーセナルは99年、17億円もの巨費を投じて育成センターを建設した。また、これまでにロビー・ファウラー、スティーブ・マクマナマン、スティーブン・ジェラードをはじめイングランド代表を数多く輩出してきたリバプールもアカデミーには力を注ぎ、99年にはグラウンド10面を擁する施設をオープンさせている。

 次期日本サッカー協会技術委員長(常務理事)に就任する田嶋幸三は、こうしたエリートプログラムの必要性を早くから説いてきた。
「ちょっとやそっとの努力や工夫では、世界のトップクラスには追いつけない」
 田嶋がそう語ったのはU-17世界大会で敗退、帰国した直後のことである。

 日本は優勝したフランス、準優勝のナイジェリアに、ともに0対5の大差で敗れ、決勝トーナメントに進出することができなかった。
「3試合戦ってみて、日本に一番欠けていると感じたのは1対1での攻撃、守備。球際での攻防は、私が考えていた以上に通用しなかったと認めざるをえません」
「本当の意味で世界で通用するには、それにあった環境、プログラムをつくっていかなければならない。今の強化方針に、どのようにエリートプログラムを付けたしていくか。それが問われていると思います」
 田嶋はそう続けたものだ。

 サッカー界の構造改革を唱える“川淵内閣”にあって、技術委員長は、いわば強化・育成部門の総責任者。裏から代表チームをバックアップする立場にある。
「いかに予算の許す範囲以内でジーコ・ジャパン、山本昌邦監督の五輪代表、大熊清監督のU-20代表、須藤茂光監督のU-17代表をサポートできるか。いわば黒子のような存在だと思っています」

 新内閣は次々と若年層強化のための改革案を打ち出した。その代表例が団体のU-16(16歳以下)指定制である。高校1年生にあたるこの世代は、世界に比べ、日本が一番劣っているところ。なぜなら学校体育が幅をきかせる日本において、1年生が体力のある2年生や3年生を押しのけて試合に出ることは難しく、せっかくの進歩も、ここで止まってしまうことが多いからだ。

 さらにいえば、日本の中学生は例外なく高校受験にエネルギーを割かれるため、本来、飛躍的な成長が見込める15、16歳の大切な時間を無駄にしてしまいがち。ここを強化しない手はなない。
「一番、問題を抱えているのは中学生の年代ですよ。先生は忙しいし、クラブはない。小学校まではスーパーな子が、指導者も練習場所もないため、普通の子になってしまっているんです。本来、一番スタビライズされる年代なのに、日本ではそれができない。たとえばU-16の団体化にしても、高体連だけではなく中体連も一緒になって考えなければいけない問題。この両団体をつなぐだけでも大きな前進だと思う。もう各団体が別々に議論する時代じゃない、と考えています」

 日本のあるべき姿を、田嶋は熱っぽく、しかも理路整然と語る。
「僕は“飛び級”があってもいいと思う。インターハイの1回戦で30対0という試合がありましたが、これは勝ったチームも負けたチームも不幸ですよ。突き抜ける選手は、どこまでも突き抜けることのできるシステム。それを今の日本は必要としている。そうすることでマイケル・オーウェンみたいなヤツがきっと出てくるはずなんです」

 真の平等主義とは何か。それは力のある人間は、それをどこまでも伸ばすことのできるシステム。力がありながら、それを抑制し、横並びを奨励するシステムは単なる悪平等に過ぎない。
 サッカーがおもしろくなれば、この国はよりおもしろくなる。
 田嶋の仕事は、その水先案内人である。
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