アベランジェの金城湯池だった南米は、その票田をすべてブラッター会長が引き継いだかたちになっているが、北中米カリブサッカー連盟のワーナー会長とブレーザー事務総長は「職権を逸脱して北中米カリブサッカー連盟会長選挙に介入した」としてブラッター会長にゼンルフィネン事務総長の解任を求めた。この動きをブラッターの差し金だと見る向きは少なくない。
 まさに、永田町も真っ青の泥々の密室政治劇。陰謀、裏切り、賄賂……、何でもありのFIFAワールド。会長選挙が行われるソウルは反ブラッターグループの急先鋒である鄭夢準氏のおひざ元でもあり、いわばブラッター会長にとってはアウェーでの戦いになる。ハヤトゥ氏が強気になるのも無理はない。
<この原稿は2002年6月の『月刊現代』に掲載されたものです>

 投票総数は約200。ハヤトゥ氏は「欧州連盟(51票)の少なくとも半分、アフリカ連盟(52票)のうちの45票は固めた」と語っているが、これは希望的観測に過ぎない。大立者のヨハンソン氏が自らは立たず、ハヤトゥ氏のサポーター役に回ったのはアフリカ票を引き寄せるためだったと見られるが、現時点でその効果ははっきりとは現れていない。

 ある日本サッカー協会幹部がこう打ち明ける。
「ブラッター氏はアフリカでは支持されている。それは巨額のワールドカップ放送権料を元に“ゴールプロジェクト”という支援プロジェクトをつくったからです。このいわば発展途上国向けの支援に一番頼っているのがアフリカとアジア。いいグラウンドがたくさんでき、発展途上国のサッカーを取り巻く環境は格段に進歩した。アフリカの理事の中には表面上はアフリカ連盟会長のイッサ・ハヤトゥ氏を支持すると言っておきながら、腹ではカネを持ってきてくれるブラッター氏のほうがいいと思っている者がたくさんいる。

 ましてアジアとアフリカは今、絶縁状態。これは06年のワールドカップ開催国をめぐりアジアが南アフリカではなくドイツを支持したのが原因。これに激怒したハヤトゥ氏は一方的に断絶を通告してきた。アジアの中には“どこに決めようが、それはこっちの勝手だ”という意見もあり、ハヤトゥ氏を支持する勢力は少ない。北中米カリブ、南米はブラッター氏でほぼ固まっている。それを考えると、ブラッター氏有利なのではないか。もしブラッター氏が負けるとすれば、選挙前の臨時総会でブラッター氏に不利な報告がもたらされた時。そうなるとガラッと流れがかわる可能性がある。いずれにしても最後まで予断を許しませんよ」

 権力闘争は一寸先が闇である。一瞬にして攻守書ところをかえる。

 そもそもワールドカップの放送権は安過ぎる、FIFAの財政面を潤沢なものにすべきだと主張したのはヨハンソン氏だった。ブラッター会長が師事した(1度は反目したが)アベランジェはサッカーの全世界への普及を第一と考え、テレビ放送権は国営放送を中心にできるだけ安価で与えるべきだとの持論を展開してきた。現在、FIFAの収入の4分の3はテレビ放送権料。すなわち、ワールドカップの放送権料が高騰し、FIFA自体が公益法人の枠を超え、巨大な事業体となった時点で、今まさにブラッター会長に突きつけられているような使途不明金疑惑は予想されたことだった。

 あえて言えばFIFAを魑魅魍魎たちが棲む伏魔殿たらしめたもの――それはアベランジェ長期政権による腐敗とテレビ放送権の高騰によるサッカービジネスの肥大化にあるのではないか。商業主義は決して悪いことではない。しかし度を過ぎればマーケットはバブルを引き起こし、人心は荒廃する。FIFAはIOCの悪い点ばかりを真似てしまった。いつの頃からかボールを蹴ることよりも札束を数えることに夢中になってしまった。そして悲しいことに互いが互いを信じられなくなってしまったのである。

 果たして、FIFAの混乱はこの国にどんな波紋をもたらすのか。2002年のワールドカップを韓国とともに開催するこの国にとって、FIFAの一連のゴタゴタは、もちろん“対岸の火事”ではない。

 そのひとつがキルヒメディアの経営破綻を受けての映像制作面での懸念である。今回、ワールドカップのテレビ映像制作を請け負うのはパリに本社を構えるHBS(ホスト・ブロードキャスト・サービス)。この会社はともに倒産したISLとキルヒメディアの共同出資会社。親会社を実質的に失ったいま、資金繰りが滞ることはないのか。なにしろHBSが極東の地で展開するのは総勢1500人、総経費150億円もの大プロジェクトだ。

 このHBSに対しては、FIFAが「ホスト・キャスター(HBS)には予定している国際的な政策と準備のすべてを継続させる」と全面的にバクアップすることを明言しているが、それはFIFAに体力があればの話である。すなわち、先述した02年の放送権料の12億スイスフランがもし宙に浮いたままであれば、HBSを支えようにも支えきれない。代替案として日韓の地元テレビ局が中心となって映像制作を請け負うにしても、開幕まで残り一ヵ月を切った段階では手の付けようがない。杞憂に終わればいいのだが、このHBS問題は喉に刺さった小骨どころか、ピッチに埋まった地雷同然の、できれば不発弾のまま処理したい厄介にして危険きわまる難題なのである。

 選挙といえば、日本にとって絶対に負けられないのがFIFAの理事選挙。当初は5月12日、クアラルンプールでのAFC(アジアサッカー連盟)総会で実施される予定だったが、AFC会長でマレーシアの元国王でもあるサルタン・ハジ・アーマド・シャー氏の「アジアのトップのままワールドカップを迎えたい」との意向が受け入れられ、ワールドカップ後の8月12日に行われることになった。日本からは前回に引き続き小倉純二日本サッカー協会副会長が出馬する。

 今回の立候補者は現職のアブドゥラ・アルダバル氏(サウジアラビア)、ワラウィ・マクディ氏(タイ)と新人の小倉氏、ユセフ・アル・セルカル氏(UAE)の4人。二つの改選議席を4人で争う。

 日本の“選挙下手”はアジアではつとに有名で、94年のFIFA副会長選での村田忠男氏、97年のFIFA理事選での川淵三郎氏、そして98年の小倉氏と、これまで3連敗。FIFAに役員を送り込めないことが国際的発言力の欠如を生み、それが日本のアキレス腱となっている。
 投票権を持つ国は約40。改選議席数が2だから、各国の投票権は2票ずつ。しかし、1票だけの投票でもよいので、最大約80票の行方をどう読むかだが、これがなかなか難しい。

 当事者の小倉氏が語る。
「今回は西アジアからアルダバル氏とセルカル氏の2人が立候補しているため、西アジアの票が割れる可能性がある。アジアは西、南、東南、東、中央といくつものブロックに分かれているため選挙運動が大変なんです。ただ日本にとってラッキーだったのは選挙がワールドカップ後になったこと。もしワールドカップ前だったら忙殺されて運動らしい運動ができなかった」

 前回の小倉氏の得票数は21、当選したマクディ氏25、アルダバル氏23。僅差の落選だった。
 これには裏があった。土壇場になって、立候補していたインドのブリヤ・ダスムンシ氏が棄権、同氏が持っていた南アジア票がマクディ氏とアルダバル氏に流れ、小倉氏がはじき出されるかたちになった。

 苦笑を浮かべて小倉氏は言った。
「日本が、そして私が何をやりたいといっても“政権”がすんなり通るような世界ではない。だから困るんです」

 FIFAの会長選にしろ理事選にしろ、実相は権力と利害が衝突する国際政治そのものである。この国はこれまであまりにもナイーブに過ぎた。ワールドカップ開幕まであと一ヵ月。権力と利害が衝突する交差点の只中にあって、果たして日本はどんなメッセージを世界に発信するのか。私たちはピッチ外にも注目していく必要がある。

(おわり)
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