10日に次期サッカー協会会長に内定した犬飼基昭氏は浦和レッズの社長としてクラブをアジア有数の強豪へと変革した実績を持つ。今度は日本サッカーの舵取り役として、その手腕が期待されるところだ。はたして犬飼新会長は、日本サッカーに対して、どんなビジョンを持っているのか。2007年2月に行われた二宮清純との対談の中から、そのエッセンスを紹介したい。
(写真:対談で語る犬飼基昭新会長)
二宮: 今季のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)には、浦和レッズが出場します。この大会の王者にはFIFAクラブワールドカップの出場権が与えられるのですが、残念ながら、日本のクラブは勝ち抜くことができていない。浦和レッズにかかる期待は大きいですね。
犬飼: 05年に天皇杯を制して、大会の出場権を初めて得た時から「浦和はアジアを制して、世界に打って出る」と言い続けてきた。サッカーでは国別のワールドカップが一番大きな大会だと思われていますが、それは違う。実は欧州チャンピオンズリーグといったクラブの選手権なんですよ。
 欧州では「隣の地域のライバルチームの選手がいるような国の代表には、あまり興味が持てない」と思っている人が多い。国のチームよりも、自分が住んでいる地域のクラブチームの方がずっと大切だと考えているんです。

二宮: 日本の場合は、どちらかといえば国の代表の方が人気がありますよね。
犬飼: そうなんです。その風潮を変えたいと思っているんですよ。欧州では、クラブが本当の意味で地域に密着している。浦和がアジアを制して、クラブワールドカップに出場するようになれば、日本でのクラブ人気はもっと高まるはずですよ。

二宮: 浦和にはACLで是非頑張ってもらいたいですね。私は、代表とクラブは車の両輪のようなものだと思っている。一方が大きくなりすぎれば、車は傾いてしまう。欧州にはマンチェスター・ユナイテッドやレアル・マドリードなど、国境を越えて愛される超人気クラブがあるでしょう。浦和レッズも、そのような存在に成長してほしい。
犬飼: 僕らはまさにそういう存在を目指しているんです。まずは地元に密着したクラブから始まって、最終的には世界中から愛されるクラブになればと考えています。

二宮: 最近は、クラブと代表の関係がメディアの俎上にあがります。代表は練習時間が短いので、クラブでどこまで基礎的なトレーニングをこなしておくべきなどとね。この辺りはいかがでしょう?
犬飼: 様々なメディアから色々なことが言われていますが、クラブで選手たちを責任を持って仕上げて、代表に送り出そうという姿勢に変わりはありません。選手を育て上げて代表に渡すことはクラブ側の義務だと思っています。
 ただ、日本と欧州ではリーグ戦を行う時期が違うため、ジレンマがあります。日本がオフシーズンの時に、欧州はシーズンの真っ最中でしょう。日本ではオフで休んでいる選手を鍛えなければいけない状況が起きてしまうんです。
 今、そういう問題を解決するために協会内でプロジェクトチームを立ち上げて、Jリーグのシーズンの移行を進めています。冬の時期をどう乗り越えるかとクリアすべき問題は多々ありますが、シーズンを世界基準に合わせようとね。

二宮: 僕はJリーグの地域密着という理念には大賛成です。一方で、地域密着という言葉を隠れみのにして、企業努力を怠っているクラブも最近は見受けられる。開幕した当初のJリーグには「W杯で名前を残しているスーパースターを獲りにいく」というベンチャースピリットがあった。ところが、どのクラブも最近はビッグネームを獲得しようとしない。今季のJリーグには、ドイツW杯に出たような選手はほとんど来ていない。挙げるとすれば、FC東京に加入したワンチョペぐらいのものでしょう。
犬飼: 今は、選手を獲得する上で様々な制約があって、オフサイドができなくなっています。クラブとして経営を成り立たせなくてはいけないし、親会社からの締め付けもきつくなっている。「子供たちに夢を与えるために、スター選手を獲得しよう」という発想が実行に移されにくい状況にあるんですよ。当然、そういう部分は変えていかなければいけない。

二宮: Jリーグは興行でもあるわけですからね。プロ野球ではグラウンドの外の話題が豊富です。例えば、野村さん(現・楽天監督)が「長嶋(茂雄)は野球がわかっとらん」と言って、ケチをつけるわけですよ。長嶋さんも「野村が何を言う」と。メディアも2人の言い合いを取り上げる。そうやって、ボルテージが上がっていく。そういう意味でJリーグの監督は少しおとなしい気がしますね。
犬飼: 確かにそれはありますね。でも、Jリーグも少しずつ変わろうとしているようです。今季開幕前、FC東京の原監督が「浦和のサッカーはつまらない」と発言した。これに浦和のファンが怒って、両チームの間に因縁が生まれつつある。先日、FC東京の社長に会ったのですが、「原にもっと言わせろ」と言っておきました(笑)。やっぱり、そういう部分は大切ですよね。

二宮: 話題が変わりますが、最近、子供の体力低下が問題になっています。ミズノが「子供の足幅が狭くなっている」という調査報告を発表した。ある専門家によれば、このまま問題が進行すれば、「子供が立てなくなる」と。これは驚愕のデータですよ。
犬飼: 今、後ずさりができない子供が増えているんです。浦和レッズのコーチが保育園や幼稚園に行く機会があるのですが、後ずさりができない子供が多いことにはビックリしていましたね。

二宮: 食育の問題もあります。以前調査をしたのですが、少年スポーツで指導者が「この子はやる気がない、きれやすい」と感じる子供の大半は朝食を食べていなかった。まずは、3食をしっかりとるところから始めないといけない。
犬飼: これは国全体で取り組むべき、大変な問題だと思います。子供の成績と食事の関連を調べた場合、明らかに朝食を食べている子供が良い成績を残している。浦和レッズでは、小学生に対して、トレーニングを終えて一定の時間内に食事を摂ることを徹底しています。遠くから通ってきている子供には、その場で食事を与えているんですよ。

二宮: それは興味深い試みですね。子供たちにスポーツを教える側について言えば、私は、元Jリーガーなど現役を退いた人材が学校で体育の先生をやってもいいと思うんです。それに、レッズランドのような地域のスポーツ施設で子供たちを教えてもいい。学校だけではなく、地域全体で子供がスポーツをする環境を整えるべきだと思う。
犬飼: それには大きな壁があるんですよ。今、子供に手本を見せられないような先生が増えている。それで、小学校に体育の専任教師を置こうとしているのですが、拒否されてしまう。担任の教師がどうしても自分で体育を教えたいと。子供たちに手本を見せる重要性がわかっていないんですよ。

二宮: 誰がための教育か。それは子供のための教育でしょう。先生のための教育ではない。そこが逆転してしまっている。犬飼さんがおっしゃるように、子供たちの目の前でやってみせることは重要です。たとえば、頭で10回連続でリフティングをやるだけで、子供たちは大喜びする。サッカーが好きになる。そう考えると、Jリーグを退いた人は高いスキルを持っているのだから、今度は教える立場になって、子供たちにスポーツの素晴らしさを伝えてほしいものです。

(この対談は株式会社慶應学術事業会主催の『夕学五十講』で行われ、その後、当HP上に掲載された内容を再録したものです)