北京五輪のフィナーレを飾る男子マラソン(8月24日)には、日本から尾方剛、佐藤敦之(ともに中国電力)、大崎悟史(NTT西日本)の3選手が出場する。シドニー大会(00年)の高橋尚子、アテネ大会(04年)の野口みずきに続いて日本勢3連覇を狙う女子とは対照的に、男子では92年に森下広一が銀メダルを獲得して以降、表彰台に立てていない。はたして男子マラソン16年ぶりのメダルの可能性はあるのか。尾方、佐藤の両代表を送り出した中国電力陸上部の坂口泰監督に当HP編集長・二宮清純がニッポン放送「スポーツスピリッツ」内で電話インタビューを行った。その一部を紹介する。
二宮: 北京のコースは、関係者に訊くと、28キロ付近からの北京大学と清華大学を通過するあたりが、カーブが多く道幅も狭いそうですね。実際に試走もされてみて、言える範囲で本番での戦略を教えてください。
坂口: おそらくケニアなどの強豪勢はスピードを生かして、細い道に入ったところで一気に逃げていくことが予想されます。隊列が縦に一列になって、先頭にバーッとスピードを上げられたら、大きく差がついてしまうでしょう。ただ、当日は猛暑が予想されます。そこで先頭についていくのか、あるいは力を温存して、後半勝負に持ち込むのか。その見極めが大切になってくるでしょうね。

二宮: 今、お話に出た猛暑対策に加え、北京のコースは路面が硬いといわれています。周到な準備が必要になりますね。
坂口: ただ、路面に応じたシューズづくりにしても暑さ対策にしても、日本はそういった繊細な部分への対応は非常に優れています。シューズはベストの1足にたどり着くまでに、メーカー側と相談して10回以上、改良を重ねます。その点はアドバンテージにしなくてはいけませんね。

二宮: ズバリ、北京での目標は?
坂口: まずは入賞(8位以内)が目標ですね。

二宮: 個人的には、さまざまな悪条件を考慮すると今回は日本も手を伸ばせばメダルも届く距離にあると思いますが。
坂口: 男子マラソンは世界のレベルが非常に高くなっています。正直、記録だけをみるとなかなか厳しいのが現状です。世界に目立った強豪がいない女子と比べられるのは非常にツライですね(笑)。
 もちろん、メダルもないことはないと思います。そのための条件はただひとつ、「ベストの状態で臨む」。残りのわずかな期間で特別なトレーニングができるわけではありません。となると、今ある自分の力を最大限出し切るように持っていくしかないんです。

二宮: とはいえ、92年のバルセロナ大会では森下広一選手が銀メダルをとっています。日本の男子マラソン復活を期待する声は大きいですよ。
坂口: でも、それは1900年代の話ですから(笑)。2000年代のマラソンはケニア勢が強くなって、大きく変わってしまいました。

二宮: 日本の男子長距離がそういった苦境に立たされている中、坂口監督は2人のマラソン代表選手を送り込みました。やはり日本の長距離界きっての名指導者だと私は考えています。監督が指導する際に大事にされていることは?
坂口: そういうのは意識したことはないんですよ(笑)。約20年前に陸上部ができたときには、高校生にも負けるようなチームでした。旭化成やエスビー食品といった強豪には一生、勝てないと思っていましたから。少しでも強くしようと夢中になってここまでやってきた。それだけなんです。

二宮: 本番までの最終調整で気をつけているポイントは?
坂口: 選手に「このへんでやめとけ」とブレーキをかけること。これが大変ですね。2人ともほっといていても練習をやるタイプ。ソウル五輪(88年)の前にエスビー食品で同僚だった瀬古利彦さんが、ケガをしたのを間近で見ていますから、故障だけは絶対に避けなくてはいけません。

二宮: たとえメダルは獲得できなかったとしても、世界との差を縮め、対等に戦うためのきっかけとなるレースにしたいですよね。
坂口: もちろん。世界はどんどん進んでいますが、「まだ勝負できるんだ」ということを示したい気持ちがあります。やはり選手自身は表彰台を狙って、本番に向けて調整しています。暑くなれば変数が増えますから、どうなるかわかりません。やってみなくてはわからないのがマラソンです。指導者としても、最終的にはメダルを目指して北京に乗り込みたいですね。

<この原稿は二宮清純が出演中のニッポン放送「スポーツスピリッツ」6月2日放送分の内容から再構成したものです>