“オグシオ”人気が高まる中、北京五輪でのメダル獲得が注目されているのがバドミントンだ。持久力、瞬発力、フットワーク……あらゆる能力を必要とするバドミントンとはどんな競技なのか。そして、果たしてオグシオは、北京の表彰台に上がることはできるのか。バルセロナ五輪に出場し、日本バドミントン界のパイオニア的存在でもある陣内貴美子さんに当サイト・編集長の二宮清純が訊いた。
二宮: 今、バドミントンの人気が高まっていますね。その牽引役となっているのが“オグシオ”こと小椋久美子、潮田玲子ペアです。北京ではそのオグシオが初めてのオリンピックに挑むわけですが、メダルを獲得する可能性はどのくらいあるのでしょうか?
陣内: 正直、厳しいですね。本人たちもそのことはわかっていると思います。特に地元中国は強いですから、声援や期待をプラス材料にできれば、完璧にやられるでしょうね。それから韓国、インドネシアも強敵です。

二宮: アジア勢が強いと。
陣内: はい。アジアのベスト4はそのまま世界のベスト4なんです。オグシオも2006年のアジア大会では3位になっています。ですから、可能性が全くないわけではないんです。ただ、アジア大会はオリンピックと違って3位決定戦がない。だから、3位が2組いたんです。それを考えると、やはり難しい。でも、チャンスはありますよ。

二宮: 陣内さんはバドミントンが初めて正式競技として行なわれたバルセロナ五輪に出場されました。
陣内: はい。当時は初めてオリンピックに出場するということで、ほとんど何も情報がなかったんです。バルセロナはきっと暑いだろうと想定していたので、五輪前の合宿は蒸し暑い沖縄で行なわれました。ところがバルセロナの会場に行くと、エアコンが付いていたんです。それまで世界のどの会場にもエアコンなんてありませんでしたから、もうビックリしました。暑さに強い東南アジアの選手なんて、怒っていたくらいです。

二宮: そうですよね。自分たちにとっては不利になりますからね。
陣内: はい。なぜエアコンを付けたかというと、スペインではそうでもしないと、バドミントンに観客が集まらないから、ということだったようです。

二宮: なるほど(笑)。でも、エアコンの風は気になりませんでしたか?
陣内: 気になりましたよ。ただ、東南アジアでもきちんとした体育館ではやらないんです。だから、そこまで試合に影響はありませんでした。でも、「夏なのになんでこんなに涼しいんだろう……」という違和感はありましたよね。とにかくバドミントン界にとっては初めてのオリンピックでしたから、全てが手探り状態でした。

二宮: 今ではJISS(国立スポーツ科学センター)ができていますし、情報戦略においても非常に進歩してきました。JISSにはバドミントンのコートもありますよね。
陣内: はい、あります。コート数も多いですし、一つのコートでプレーを全て録画できるようになっています。でも、風が入らないから風対策ができないんです。実際の会場では当たり前に風が入ってきますからね。あまりにも環境がよすぎるんですよ。

二宮: オリンピックの会場でも風は入ってくるんですか?
陣内: 入ります。ドアの開閉一つで風の向きが変わりますし、温度も変わってくるんです。バドミントンのシャトルは気温1度で、飛距離が3〜4センチも違う。気温が高ければ高いほど伸びるんです。

二宮: 気温1度でそれだけ違うんですか?
陣内: はい。だからスタッフが会場に行って気温を測るんです。バドミントンのシャトルには1番から6番まであって、重さが違うんです。3番がノーマルで、4、5、6となるごとに飛距離が伸びるようになっているんです。逆に2、1は飛ばないようになっています。

二宮: 6種類ものシャトルを使い分けているんですね。
陣内: はい。基本的には2から5までで、1と6はほとんど使わないですね。

二宮: 北京の会場では何番のシャトルが使われるか、まだわからないんですね。
陣内: その日のその会場の気温、湿度によって変えていくんです。ただ、午前の練習に4番を使っていたからといって、午後の試合にも4番が使われるとは限りません。時間帯によって気温も湿度も変わりますからね。

二宮: それは大変ですね。
陣内: でも、シャトルの飛距離を一定にするために番数を代えるわけですから、選手にとってはその方がいいんです。ただ、ヨーロッパの選手は飛ばないシャトルを好んだりして、いろいろ言ってきたりしますよ。

二宮: オグシオにとっては飛ぶ方がいいんですか?
陣内: ラリーが続くと大変なので、多少飛ぶ方がいいでしょうね。

二宮: パワーも体力もあるヨーロッパの選手は重くて飛ばない方がいいでしょうね。
陣内: はい。でもラリーが続くと、スタミナという面では東南アジアの選手が強いんですよね。

二宮: じゃあ、東南アジア勢にとっても飛ぶ方がいいわけですね。
陣内: ただ風上、風下があるので、あまりにも飛ぶとコントロールができなくなります。

二宮: 風上、風下の関係はエアコンなどの風がどこから吹くかによって変わりますよね。
陣内: エアコンや自然の風によって全く違いますね。会場の構造によっても変わってきます。例えば、造りが円形になっている代々木体育館だったら回るんです。ところが、東京体育館は入口の方から風が吹いてきて、壁にぶつかって押し戻されるというかたちになります。

二宮: バドミントンは室内競技ではありますが、風の影響が強いという面から屋外的な要素が多くありますね。
陣内: そうなんです。ですから、いかにその会場についての情報がインプットできるかなんです。風の向き、ライトの位置、垂れ幕の位置、イスの色……。全てを入れておかなければいけません。例えばイスが真っ白だったら見えにくいので、そこを狙っていきます。コートチェンジした時には、自分たちが見づらかった方向に打つことも。また、自分たちが見づらい方向でも、いかにそれを悟られないようにすることも大事ですね。逆にしっかり見えているのに、わざと打ちづらいように見せておいて、相手にその方向に上げさせるようにすることもあります。そういう細かい駆け引きが試合中に行なわれているんです。

二宮: 北京五輪ではどの会場で行なわれるかはわかっているんですよね。
陣内: わかっていますが、そこで事前に練習することはできません。ただし、中国の選手は当然、練習しているでしょうから、やはり優位ですよね。