打撃不振で2軍降格となった横浜の仁志敏久が、一部スポーツ紙で「今季限りでの引退を決意した」と報じられた。本人は報道を否定したものの、1軍復帰時期は未定という。今年で38歳になるベテランは横浜の若手選手に大きな影響を与えてきた。昨季首位打者を獲得した内川聖一は「考えて野球をやることを教わった」と語る。仁志は巨人時代、当HP編集長・二宮清純の取材に対し、「野球をやめたあとで“仁志は強い時代のトップバッターだった”と言われたい」と答えていた。そのインタビュー記事を紹介したい。
 核弾頭の変身――仁志敏久

「どうすればチームに貢献できるか。そのためには自分に何ができるのか。そのことだけを考えて野球をやろうと思っているんです」
 春浅いキャンプ地の宮崎。ジャイアンツの仁志敏久は自らに言い聞かせるように言い、こう続けた。

「僕の体の特性からしてフルスイングして長打を打つより、しつこいバッターになったほうがチームに貢献できる。ホームランを打つとなると、どう逆立ちしても松井のようにはなれない。そのかわり、しつこいバッターはつくろうと思っても、なかなかつくれない。つまりチームのためになることが自分のためにもなる。この世界、楽しい、おもしろいだけじゃやっていけませんから」

 常総学院、早大、日本生命といわゆるアマチュア野球のエリートコースを歩んできた。171センチ、77キロの小さな体ながら、全日本チームの4番を打ったこともある。
 96年、鳴り物入りでジャイアンツに入団。いきなりレギュラーの座を掴み、新人王に輝いた。チームの核弾頭としてリーグ優勝にも貢献した。
 ルーキーらしからぬ言動で首脳陣や新聞記者からビッグマウスと呼ばれた。ジャイアンツにとって少々、毛色の違ったトップバッターの誕生だった。

 ところが――。昨シーズンは優勝を逸した“戦犯”のひとりに数えられた。2割4分2厘、10本塁打、39打点、10盗塁。打率と盗塁数で前年を下回った。
「バッティングが淡白すぎる」
「長打を狙うより、もっと出塁率を上げるべき」
 OBや評論家から相次いで厳しい指摘を受けた。針のムシロに座っているような1年だった。

 ルーキーの年のキャンプ、彼は期待に胸をふくらませながらこう語ったものだ。
「積極性のあるバッターになりたい。理想は元タイガースの真弓(明信)さん。思いっ切りのいいバッティングをしたい」
 そのコメントには、自らのあるべき理想像がはっきりと示されていた。

 しかし、彼はプロの現実に直面することで自己改革を迫られ、生き残るために新しい道を模索しなければならなかった。
 楽しい、おもしろいだけじゃやっていけない世界――その一言の中に、彼の置かれている状況が集約されていた。

「でも僕ってヘソ曲がりですから、人からこうやれと言われて自分の野球を変えたわけじゃない。あくまでも自分の意志で変えたんです」
 語気を強めて仁志は言った。封印していたビッグマウスが透けてみえた。

「野球をやっていて、昨年ほど歯がゆかったことはない。アマチュア時代からこれまで、ずっと勝ってあたり前の環境の中でプレーしてきた。勝つことに慣れていた。
 しかし、昨年は僕自身も活躍できないし、チームも負けてばかり。僕がもっとしっかりしていれば……何度そう思ったことか。僕が1番にいることでチームを強くしたい。もっと言えば僕が中心になることでチームを強くしたい。そう思い始めるようになってきたんです。
 だから、自分を捨てたということじゃない。この小さな体を、チームのためにより生かしたいということです。やはり野球をやめたあとで“仁志は強い時代のトップバッターだった”と言われたいですから」

 トップバッターの能力を示す数字のひとつに得点数がある。昨年の仁志は52。セ・リーグでトップの緒方孝市(カープ)は103と、倍近くの数字を残している。昨シーズン、1、2番の出塁率がよければ、3番の松井秀喜は打点王を獲っていたとの指摘もある。

「僕自身、松井がすごくなるのを楽しみにしているんです」
 仁志は言った。
「今年こそアイツには打点王を獲って欲しい。そのためにも出塁率にこだわってみたい。最近になってトップバッターにはいろんな楽しみ方があることがわかってきた。たとえば四球をとるためのファールの打ち方――これだっていろんなやり方があるんです。
 実際、頭で描いていたとおりに1塁に歩くことができたら、それはそれで優越感を感じることができるものです。そうした出塁がきっかけとなってタイムリーが飛び出し、同点や逆転のホームを踏む。トップバッターとして、これはこたえられない快感です。
 よそのチームを誉めても仕方ないのですが、ヤクルトにはその手のバッターが多い。しかし、ウチは逆で、一発のあるバッターはいても、そういういやらしいバッターはいない。だったら僕がやるしかない。今はそういう考えなんです。僕が塁にさえ出れば、ウチには何とかしてくれるバッターがたくさんいますから……」

 昨シーズンはセカンド、サード、レフトとポジションをたらい回しにされた。チーム事情とはいえ、仁志には気の毒な一面もあった。
 今シーズンはセカンドに定着しての全ゲーム出場を目指す。
「トップバッターに対するこだわりはありますが、ポジションに対するこだわりはない。正直なところ1番を打たせてもらえるのなら、ポジションはどこでもいい。サードの方が守りやすいのは事実ですが、外国人がきたりしてポジションを追われるより、セカンドを自分だけのポジションにしたいという気持ちの方が強い。
 1番の魅力ですか? まず、僕が最初に打席に入る。それによって、さぁこれからゲームが始まるという気持ちがたまらないんです」

 入団3年目、26歳。
「僕にとってもチームにとっても、今年は勝負の年。今年、結果を出せなかったら、僕もチームもこのままダラダラ下降線を描くような気がして仕方ない。
 だから今年はなりふり構わずやります。結果で証明しますよ」
 
 ビックマウスは封印ですか? と水を向けると、ひときわ強い口ぶりで言った。
「性格はそうそう変わるもんじゃない。より激しいプレーを心がけますよ」

<この原稿は1998年5月『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>