昨年9月からおよそ9カ月間に渡って行なわれた南アフリカW杯アジア最終予選は17日に全日程を終了した。最終節を前に本大会進出を決めていたA組のオーストラリア、日本、B組1位の韓国に続いて、3カ国が激しい争いを繰り広げていたB組2位の座に滑り込んだのは北朝鮮だった。北朝鮮は1966年イングランド大会以来、44年ぶりにW杯の切符をつかんだ。北朝鮮と勝ち点差なしの3位に入ったサウジアラビアはA組3位のバーレーンと大陸間プレーオフ進出をかけて9月5日、9日に戦う。
 オーストラリアと日本が順当に勝ちあがったグループAに対し、グループBに入った韓国、北朝鮮、サウジアラビア、イラン、UAEの5カ国すべてがW杯出場経験のある強豪ぞろい。なおかつ韓国、イラン、サウジアラビアの3カ国は前回ドイツ大会に出場している国だ。最終予選開幕前から厳しい戦いになることが予想されていた。フタを開けてみると、UAEを除く4カ国が接戦を繰り広げながら最終予選を戦ってきた。混戦の中にありながら無敗で予選を戦ってきた韓国が6月10日のサウジアラビア戦を引き分け勝ち点15とし、グループ2位以内を確定させ7大会連続8度目のW杯出場を決めていた。最終節では残りの1つの枠を懸けて、北朝鮮、イラン、サウジアラビアが三つ巴の戦いを繰り広げた。

 最終節に臨む直前の3カ国の状況を振り返ってみよう。2位につける北朝鮮は3勝2敗2分の勝ち点11、得失点差は+2。3位のサウジアラビアは北朝鮮と同じく勝ち点11だが、得失点差0で北朝鮮の後塵を拝していた。4位のイランは2カ国から1差の勝ち点10。無条件で本大会の切符を手に入れるグループ2位まで浮上するには、最終節で敵地で韓国に勝利し、なおかつ北朝鮮対サウジアラビアが引き分けなければならないという厳しい条件が課せられていた。

 最終節にはイラン対韓国、サウジアラビア対北朝鮮というカードが組まれていた。無条件でW杯進出を決める2位と、大陸間プレーオフへの望みも絶たれる4位では天国と地獄の差がある。3カ国がどう転ぶか全くわからない状況で、17日の最終節を迎えた。

 韓国とのアウェー戦に臨んだイランは後半7分にマスード・ショジャエイのゴールで先制したものの、後半37分にマンチェスター・ユナイテッドで活躍するパク・チソンのゴールで同点とされる。残り8分に敵地で追いつかれたイラクに再び勝ち越す力は残っておらず、1−1のまま試合終了。この時点でイランは勝ち点を1積み上げるに留まり、5時間後にキックオフされるサウジアラビアでの試合の結果を待ち、3位への望みをつなぐこととなった。

 サウジアラビア対北朝鮮の大一番は、サウジアラビアの首都リヤドのキングファハドスタジアムでキックオフされた。イランが引き分けたため、勝つかドローでW杯出場が決まる北朝鮮のスタメンにはJリーグでお馴染みの鄭大世(川崎F)やアルビレックス新潟や名古屋グランパスで活躍したアン・ヨンハッなどが名前を連ねた。

 試合は序盤から勝利が必須のサウジアラビアが再三の攻撃をしかけたが、決定力を欠きなかなか得点を奪うことができない。対する北朝鮮は鄭大世を前線に残して自陣に引き籠もりカウンターを狙い守備的に試合を進める。前半45分は両国とも決め手を欠き、無得点で折り返した。

 後半に入っても主導権を握ったサウジアラビアが何度か決定機を迎えるものの、GKイ・ミョングクがファインセーブを連発しでゴールを死守する。後半44分には退場者も出した北朝鮮だったが、最後まで猛攻に耐え切りスコアレスドローのまま試合終了のホイッスルが鳴った。この結果、北朝鮮がB組2位となり、44年ぶり2度目のW杯出場を決めた。様々な問題を抱え緊張関係にある韓国と北朝鮮が、史上初めてW杯の舞台に揃って出場することとなる。

 勝ち点を11としたサウジアラビアが3位となり、グループA3位のバーレーンと大陸間プレーオフ進出をかけ、9月に対戦する。勝ち点1の差に泣いたイランは健闘むなしく南アフリカへの道は閉ざされてしまった。

 44年ぶりのW杯進出を決めた北朝鮮だが、その1966年イングランド大会では8強に食い込む活躍を見せ、世界を驚かせた。快進撃の様子は「奇蹟のイレブン」というドキュメンタリー映画にもなっている。代表には北朝鮮国内の選手の他、韓国のKリーグやJリーグ、ロシア・プレミアリーグで活躍する海外組もいる。

 北朝鮮と日本の最近の対戦は昨年の東アジア選手権、1−1の引き分けという結果だった。その試合で先制ゴールを決めたのは在日コリアン人ストライカーの鄭大世だ。昨季、Jリーグで14得点を上げたフロンターレのストライカーとして君臨する鄭に当サイト編集長・二宮清純が直撃した「ビッグコミックオリジナルコラムBY PLAYER」を再録。ストライカーとしての生い立ちや、鄭にとって2つの祖国、日本と北朝鮮に対する想いに鋭く迫った。

 〜宿命のゴール 鄭大世〜

 スポーツの試合を観ていると「敵ながらあっぱれ」と思うことがある。あれはそんなゴールだった。
 今年2月17日。
 中国・重慶で行われた東アジア選手権、日本対北朝鮮。
 前半6分、列島に悲鳴が走った。MF安英学(アン・ヨンハッ)からの縦パスを受けて抜け出した北朝鮮代表FW鄭大世(チョン・テセ、川崎フロンターレ)は4人のディフェンダーをものともせず、ペナルティエリア手前から豪快に左足を振り切った。
 目にも鮮やかな先制ゴール。喜びのあまり、鄭はバック転まで披露した。
 鄭の回想――。
「僕が持ち出したサイドは、後から1人上がってきたんです。日本の右サイドの内田篤人がそれを警戒しながら僕に対応したことで、僕へのプレッシングが遅れた。そのスキ間を狙ったんです。エイジさん(GK川島永嗣)も、まさかあのタイミングで打ってくるとは思わなかったんじゃないかな。
 エイジさんはフロンターレの同僚ですけど、前の日の新聞で“テセのシュートは全部見切っている”みたいなことを言っていた。だから正直言って“ああ、やりにくいな”と思っていた。そこでフロンターレでのプレースタイルとガラリと変えた。そうしたことでタイミングが読めなかったんじゃないでしょうか」
 後半24分、前田遼一のゴールで追いつき、ドローで勝ち点1を確保したものの、日本代表・岡田武史監督の表情は最後までさえなかった。

 実は鄭と岡田との間には浅からぬ因縁がある。
 鄭が朝鮮大学校に在学中のことだ。Jリーガーを目指す鄭は横浜・F・マリノスの練習に参加した。その時の横浜の監督が岡田だ。
 横浜入りをアピールした鄭に岡田は言った。
「悪いけど、オフ・ザ・ボールの動きが悪いからウチはとれない」
 横浜に振られ、大宮アルディージャにも振られた鄭のもとにフロンターレから一本の電話がかかってきた。
「ウチの練習に参加しないか」
 現監督の関塚隆からだった。その電話が鄭の運命を変えた。
「練習試合でハットトリックを決めたんです。そして、後半にもゴールを決めた。これで合格です。関塚監督からは僕の課題だったオフ・ザ・ボールの動きに始まり、センタリングへの入り方、ボールキープの仕方など、僕に足りないものを全て教わった。
 これまで悩みや困難もあったけど、僕がここまで成長できたのは関塚監督のおかげだと思っています」
――岡田監督に対しては?
「正直言って(岡田監督が在任中に)横浜とやる時には、意識することもありました。でも、今はもう何もないです。(日本戦では)僕もこれだけ成長できましたよ、とアピールすることができて逆によかったと思っています」

 鄭は在日コリアン3世である。父親は韓国籍で母親は北朝鮮籍。パスポートは北朝鮮を選択した。
 名古屋市に生まれた彼は小学校3年でサッカーをはじめ、Jリーガーを目指した。
「ちょうど小学校の低学年の時にJリーグがスタートしたんです。グランパスやヴェルディの試合をよく観に行っていた。ユニフォームには『J』というワッペンが貼ってあるじゃないですか。あれがカッコよくて“将来、僕もこれをつけたいな”と思っていました」
 大学は東京の朝鮮大学校に進学した。当時、同校は関東大学リーグの東京都3部。鄭に言わせれば「素人の集まり」だった。
「その頃から、北朝鮮代表になりたいと思っていました。僕は日本で発行された“外国人登録証明書”を持っていますが、これは日本以外では身分証明書にならない。海外で認められるパスポートを僕は持っていなかったのです。それがACL(アジアチャンピオンズリーグ)出場のため、パスポートを取得する必要が出てきた時、“北朝鮮のものなら取得できる”と。そこから北朝鮮代表の扉が開けた。」
――きわめて珍しいケースだが、障害はないのか?
「海外に行った時は、ちょっと怖いですよね。北朝鮮のパスポートで入国審査を受けるのは……。だから、いつも出入国の際にはビクビクして待っています。
 ほら、外国の人って在日の事情を話してもわからないじゃないですか。それでも日本語なら何とかなりますが、英語ではうまく説明できない。インドネシアにACLで行った時はピンチでしたね。通訳がいたからよかったんですが、自分ひとりだったらどうなっていたことか……」
 日本代表には別の意味で特別な思い入れがある。
「自分が子供の頃、ブラウン管の向こうには常に日本代表の青いユニフォームがあった。“ドーハの悲劇”も見た。あの時には“あぁ、これでアメリカW杯も面白くなくなったやん”と思ったもんです」

 日本代表の前に立ちふさがる立場になった今、青いユニフォームはどう映っているのか?
「いやぁ、やっぱりすごいチームですよ。ミスは少ないし、崩す時はしっかり崩す。見ている方は面白くないかもしれませんが、こっちがやられた気がしないのに、いつの間にかやられている。それが日本代表のいいところですよ。
 しかし、韓国のような怖さはない。韓国に負けると“ウワー、やられた”という気になる。力でねじふせにかかりますから。
 それに比べると、まだまだウチ(北朝鮮)は力がない。中国戦のように引かれたら、どう崩すか。サイド攻撃を磨かなければならないし、クロスの精度も上げなければならない。最終予選を戦う上で、課題は山積みです」
 鄭はワールドカップ出場とともに、もうひとつ夢がある。暮れのクラブW杯にフロンターレのメンバーとして出ることだ。
「去年、浦和が出て準決勝にまで進出したことで、(世界一が)現実味を帯びてきた。浦和がACミランと戦った時には“ガットゥーゾが相手なら、どうするか”とか色々考えましたよ。今年こそはあの場に立ちたいと思っています」
 獲物を射るような切れ長の目。当たり負けしたことがないという屈強な体。彼こそは生粋のストライカーである。

<この原稿は2008年5月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>