プロ野球独立リーグ・BCリーグから初めて千葉ロッテに入団したのが鈴江彬投手だ。1月の新人合同自主トレーニングではインフルエンザ、2月の鴨川キャンプでは右ヒザの故障と万全の体調ではなかった鈴江だが、数カ月ぶりに見る彼の表情からは充実感があふれ出ていた。入団して約半年。果たして鈴江は今、どんなプロ生活を送っているのか――。
「こんにちは。お久しぶりです」
 そう言って事務所の部屋に入ってきた鈴江の顔は真っ黒に日焼けし、明らかに引き締まった様子が窺えた。聞けば、キャンプ前と比べて体重は自然と7〜8キロも落ちたという。トレーニングをしっかりとこなしている何よりの証拠だろう。

「調子も上がってきていますし、自分としてはいい感じできているかなと思っています」
 6月に入って、鈴江には中継ぎとして登板機会が与えられるようになっている。初登板は7日の東北楽天戦。4回、ロッテが1−1の同点に追いついたその裏、鈴江はマウンドに上がった。これまでほとんど緊張したことがないという鈴江だが、この時ばかりは足の震えが止まらなかったという。それでも三振、三振、セカンドゴロときっちり3人で抑えてみせた。マウンド度胸満点のピッチングの要因を訊くと、「アドレナリンですかね」と鈴江はちょっとおどけて見せた。

 現在、2試合(2回0/3)に投げて1勝0敗、防御率0.00。四死球も0と安定したピッチングを見せている。どんなかたちであれ、プロ初勝利は嬉しいものだ。鈴江にも大きな自信となったのではないか……。しかし、彼に浮かれている様子は全くなかった。
「まだ育成の立場なので、自分自身、プロという実感はありません。育成で勝ち星を挙げることよりも、支配下登録されるほうが大事です。同じファームでも、支配下選手として、まずは1勝したいなと思っています」

 鈴江の目標はNPBの世界に入ることではなく、あくまでも1軍のマウンドで活躍すること。プロの世界に入っただけで満足してしまう選手も少なくない中、鈴江は今、冷静な目で自分を見ることができている。それは独立リーグとはいえ、プロの世界に身を置いた者であるが故の強みかもしれない。

 キャンプ前に痛めた左ヒザも完治し、故障を一つも抱えていない今、鈴江は思いっきり野球をすることができている。そんな中、自分自身ではどんな成長を感じているのか。BCリーグ時代との違いを鈴江は次のように語った。
「信濃(グランセローズ)の時は、ほとんど全員がベンチに入れたし、試合にも出場することができた。でも、こっち(ロッテ)ではピッチャーの人数が多いので競争率が激しい。自然とライバル意識が強くなり、練習内容も濃くなっています」

 またファームとはいえ、実際に試合で投げてみると、やはり独立リーグとのレベル差も痛感している。MAX147キロを誇る鈴江は、BCリーグではストレートで押すピッチングが通用した。しかし、今はただ速いだけでは簡単に打たれてしまうという。そこで重要となるのが、ボールのキレ。また、コントロールにもかなりの差を感じているという。「いかに低めに投げられるか」が何より重要であり、鈴江自身が今最も意識している点だ。
「低めに投げるためには、いかにリリースポイントで力を入れることができるか、なんです。まだまだ安定していませんが、少しずつ自分がレベルアップしているなということは感じています」

 本来なら一軍のマウンドで活躍すべき実力者たちが故障や調整などでファームに下りてくることもしばしばある。6月30日現在も成瀬善久、清水直行、小宮山悟が鈴江と同じ浦和球場で調整を行なっている。彼らの練習を目の当たりにするだけで、鈴江にはいい刺激となり、学ぶことは決して少なくないはずだ。また、鈴江自身も積極的に彼らにアドバイスを求め、自分を高めることに懸命だ。

「この間、清水さんに、どんなことを考えながら投げているのかを訊いてみたんです。そしたら意外と何も考えずに投げていると。自分は今まで『ここを直そう』とかいろいろ考えながら投げていたんです。もちろん、試合では打者に対して配球とか考えなければいけませんが、普段のピッチング練習や試合前のブルペンでは、あまり考えない方がいいことがわかりました。複雑に考えるのではなく、シンプルが一番なんだなと」
 鈴江は少しずつではあるが、一歩、また一歩と着実に「プロ」への階段を昇っているようだ。

 さて入団前、最も自信のあるボールはと訊くと「チェンジアップ」と答えていた鈴江だが、果たして現在はどうなのか。
「やっぱりチェンジアップがピッチングのポイントになっていると思います。でも、BCリーグで投げていたときとは全く違うものになっています。こっちに入ってから、握りも何もかも全て変えたんです。今では真っ直ぐの腕の振り方でしっかりとコントロールよく投げられるようになりました。実戦でも楽天戦で磯部(公一)さんをセカンドゴロに打ち取ったんですけど、その時は真っ直ぐで押して、最後はチェンジアップでタイミングを外したんです。このときは初めて理想通りのピッチングができました」

 昨年、BCリーグからドラフトで指名されたのは鈴江の他、福岡ソフトバンクの柳川洋平、阪神の野原祐也の2人。両選手ともに鈴江と同じ育成枠での指名で、現在支配下を目指しており、鈴江にとっては気になる存在だ。神奈川県出身同士で親交のある柳川に対しては特に、同じ投手ということもあり、鈴江は密かにライバル視しているという。
「どちらが先に支配下になれるか……。柳川さんにはいい刺激をもらっています」

 BCリーグ出身者で支配下登録は鈴江よりも一足先にNPB入りした楽天の内村賢介が既に達成している。だが、投手では未だ一人もいない。そしてその第1号となり得る可能性を持っているのが現在、鈴江と柳川である。果たして鈴江は険しい道を乗り越え、2ケタの背番号を受け取る日を迎えることができるのか。彼の挑戦は、いよいよこれからが正念場である。

(斎藤寿子)


>>入団前のインタビュー「先発よりも中継ぎにやりがい」はこちら(2009年1月更新)