遅咲きの天才打者が奮闘している。野手としては最高齢の29歳でプロ入りした楽天・草野大輔だ。5月25日以来、約2カ月間、パ・リーグの首位打者の座をキープした。途中、貧打にあえぐ打線において4番を任されたりもした。辛口で鳴る野村克也監督から「天才」と呼ばれる草野大輔とは果たしてどんな打者なのか。当サイト編集長・二宮清純が草野のバッティング理論に迫った。
二宮: 現在も好打率をマークしていますが、どう受けて止めていますか?
草野: あまり数字を意識したりはしないですね。多分、欲がないんですよ(笑)。逆に「恐縮です」みたいな感じの方が強いです。

二宮: 控え目なんですね。
草野: そのうち落ちるかなって思いながらやっているので……。

二宮: ところで、野球を始めたのはいつですか?
草野: 小学校3年くらいですね。ずっとキャッチャーをやっていて、内野手に転向したのは中学2年です。

二宮: 左打ちにしたのは誰かのすすめですか?
草野: 小学生のときは右でバットを振っていたみたいですけど……。父親によるとものごころついたときから左でバットをもっていたとか。

二宮: お父さんも野球が好きだったんですね。
草野: 小学校の時は父親が監督だったんですよ。スパルタで厳しかったですねぇ。今でも父親はソフトボールをやっています。

二宮: じゃあ、将来の夢はプロ野球選手と。
草野: そうですね。そういう夢はずっと持っていました。

二宮: 高校は延岡学園に進み、3年の夏に甲子園に出場していますね。
草野: はい。甲子園に行ったは行ったんですけど……あまりいい思い出はないですね。初戦で東京農大二高に“大根踊り”を12回もされましたから(笑)。自分自身も4タコでした。それが若干トラウマになっていて、今でも甲子園では打てる気がしないんです。

二宮: 高校卒業後は名門NTTに入社したわけですから、やはりその頃から素質があったんでしょうね。
草野: どうですかねぇ。運もあったと思います。当時、僕の先輩がNTT東京のコーチと知人だったんです。僕が甲子園で出たときに、ちょうど監督が内野手を探していたようで、気が付いたらもう決まっていました。自分としては関西で野球をやりたいなと思っていたんですけどね。

二宮: なぜ、関西を希望されていたんですか?
草野: 単に東京に住みたくなかったんです。修学旅行で東京に行った時に、「うわぁ、これは住むところじゃないな」と。今はもう平気ですけど、当時は好きではなかったですね。

二宮: NTT東京ではすぐにレギュラーになれたんですか?
草野: まぁ、そうですね。監督は僕がエラーしようが、打てなかろうが、ずっと使い続けてくれました。

二宮: その後、NTT東京がNTT東日本と統合されました。
草野: はい。ゆくゆくは九州に帰ろうと思っていたので、それを機にNTT九州に移りました。でも、僕が入ってすぐにクラブチームになってしまって……。営業をやりながらクラブチームでやっていたんです。その頃が一番しんどかったですね。

 プロ1年目で野球学力がアップ!

二宮: その後、ホンダ熊本に移り、29歳という年齢で東北楽天から指名されるわけですが、プロ入りして最初の壁は何でしたか?
草野: ピッチャーに関しては、あまり壁を感じませんでしたね。それよりも、やっぱり野村野球に対しては非常に戸惑いました。僕の知らなかった野球だったので、1年目はとにかくその知識を吸収するのに必死でした。

二宮: 高校や社会人でも全く触れたことのない野球だったと。
草野: はい、そうですね。練習方法ひとつとってもそうですし、ケースバイケースでああやったらこうだみたいなことも、知らないことばかり。それを頭に入れて考えて、試合になればサインを見て、そのうえでピッチャーのボールを打たなければいけない……。今はもう頭に入っているので、バッターボックスに入ったら自然と対応できるようになったんですけど、当時は1個ずつ考えないと理解できなかったんです。

二宮: 「野球学力」が上がったということですね。
草野: そうですね。間違いなく入団当時の僕よりかはひと回りもふた回りもうまくなっているという確信はあります。

二宮: 1年目のシーズンは打率2割1分でしたが、自分ではどう感じていましたか?
草野: 「こんなはずじゃないのに」と思っていましたね。1年目は野球どころではなかったですから。

二宮: 2年目には規定打率には届かなかったものの、3割2分という好打率を残しました。1年目との変化はどこにあったのでしょうか?
草野: 気持ちの問題だと思います。「もう、打てなくてファームに行ってもいいや」「辞めてもいいや」って開き直ったんです。昔からあまりアレコレ考えると、ろくなことがなかったんですよね。

二宮: どちらかというと自由にやらせてもらった方がやりやすいと。
草野: そうですね。「よくやった、よくやった」って言われながらの方が気分よくやれるし、結果もいいんです。

二宮: 3年目の昨季は2割7分1厘と少し下がりましたね。何が原因だったのでしょうか?
草野: おそらく体質が原因だったと思います。社会人時代は都市対抗に合わせるので、キャンプで追い込んだ後、春先は少し落として、夏場にピークをもっていくんです。社会人生活が長かっただけに、自然とそういう体質になっていたんだと思います。3割2分打った年も、交流戦後から後半戦にかけてでしたから。

二宮: では、今季もこれからもっと調子が上がるということですね。
草野: ところが、今季に関しては違うんですよね。オープン戦の時期に筋挫傷を起こして、開幕は10試合くらい遅れたんですけど、それからずっと調子がいい。サイクルが全然変わってきているので、なんとか1試合1本打とうという気持ちでやっています。

二宮: プロ入りして、「これはすごい」と思ったピッチャーは?
草野: 斉藤和巳(福岡ソフトバンク)のボールを最初に見た時に「うわぁ」と思いましたね。社会人時代、テレビを見ている限りでは、どちらかというと和巳よりも新垣渚(同)の方が打ちにくいだろうなと思っていたんです。でも、実際に対戦してみたら和巳の方が打ちにくかったですね。もう真っすぐがビューンって感じで伸びてきて、最初は全く打てませんでした。

二宮: 他にもパ・リーグは好投手がズラリと揃っています。
草野: はい、そうですね。杉内俊哉(同)なんかは、社会人時代にも対戦しています。その頃は打っていたんですけど、今は打てる気がしないですね。涌井秀章(埼玉西武)なんかも、打っていないし。

 理想のバッティングはホームラン

二宮: バッターそれぞれのストライクゾーンってあると思うんですけど、草野さんの場合は?
草野: 僕はとにかく真っすぐを待って、来た球をただ打っているだけですね。ただし、武田勝のように左投手でスライダー主体のピッチャーの場合に限り、スライダーを待っています。武田勝には社会人時代からよくやられたんですよ。でも、アイツのスライダーは大きくて遅い。だから怖がらずにスライダーを待つことができる。たとえ真っすぐがきてもよけることができますからね。

二宮: バッターにしてみたら、キュッと鋭角状に曲がるほうが嫌なんでしょうね。
草野: そうですね。最近で対戦した中では、工藤公康さん(横浜)のカットボールにはビックリしました。本当に素晴しかった。最近の中では一番です。

二宮: 理想の打球とは?
草野: 昔からホームランを打つバッティングが、その来た球に対して一番いい打ち方をしていると考えています。例えば、変化球が来て体勢を崩されながらボンって打ったのがホームランになったとしますよね。そしたら、そのボールに対して一番いい振り方をしたからホームランになったと捉えるんです。いくらガーンと打っていい当たりでも、アウトになれば、それはそのボールに対していいスイングをしていなかったと。

二宮: どの方向を狙って打っていますか?
草野: 基本はショートとピッチャーの間くらいに打つようなイメージで打席に立っています。

二宮: チームとしては今年こそはクライマックスシリーズや日本シリーズに出場するチャンスだという意識が強いのでは?
草野: そうですね。実際、狙える順位で戦っていますので、意識しますよね。僕の数字がどうのというよりも、なんとか監督を胴上げしてあげたいという思いの方が強いです。監督自身も「今年でオレ辞めるから」って言っているので(笑)。そのためにもなんとかいいところで1本と。2本、3本はいらないから、1本打てればと思って毎日やっています。

<現在好評発売中の2009年8月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に草野選手のインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください。>