彼は「聞き魔」なのだ。
 石川は秋田市生まれ。小学3年で野球を始めた。背は低く、一番前が指定席。「前へならえ!」の号令がかかると、いつも腰に手をあてていた。
 左利きの利点をいかしてピッチャーになったが、小柄な上にガリガリ。野球の名門・秋田商高への進学を希望すると中学の監督から「キミの体のことを考えると軟式の方があっている」と軟式野球部入りを薦められた。
「まぁ、しょうがないですね。高校に入った時でも160センチしかなかったんですから」
 マウンドに立つと、敵のチームからヤジられた。
「なんだ、あのチビ!」
 しかも童顔。取り柄といえばコントロールがいいことくらいだった。

 小さなサウスポーを支えたのは並はずれた好奇心である。子供の頃から、疑問があると「なんで、そうなるの?」と質問責めにして教師を困らせた。
「卒業後、高校の理科の先生から、こう言われましたよ。“そういえば石川は、いつもなんで、なんでといってたな。オマエみたいにしつこいヤツは見たことがない”って(笑)」

 大学は秋田商時代の監督の母校である青山学院へ。コーチの善波厚司によれば「存在感のない田舎から来た地味な少年」だった。
 ただ他の選手たちにない「不思議な感覚」を石川は持っていた。
「普通の選手は、こちらが何か指示すると“ハイ!”で終わりなんですが、彼は必ず“こうしてダメだとどうしますか?”と訊いてくるんです。こんな選手は初めてでしたね」

 大学でも石川は“聞き魔”ぶりを発揮する。いいカーブを投げるピッチャーがいると、遠慮せずに近付いていき、「先輩、教えてください」と言って頭を下げた。あまりにもしつこいので、「うるせぇ、オマエ」と横を向かれたこともある。

「シンカーはどうやって投げればいいんでしょう」
 質問を受けた善波は中指と薬指ではさみ、そこから抜く独特のシンカーを石川に伝授した。2年になる直前のことである。

 善波の回想――。
「元々、スライダーはよかったんです。ただ、そのスライダーをいかすためには、外に逃げるボールが必要になる。
 あれは城西大との練習試合での試合前。シンカーを投げさせると、おもしろいように変化した。腕を振り切ったあと、ボールが遅れるようにくるんです。フワット浮き上がって外へ逃げていく。これは使えると思いました。
 で、3月の終わり頃かな。慶応大とのオープン戦。こっちは、“まさか、まだ試合では使わないだろう”と思っていたんですが、石川は半分くらい使った。右バッターは明らかにタイミングが取りづらそうでしたね。
 教えたばかりのシンカーの切れ味以上に驚いたのが石川の度胸。普通、ピッチャーはボールが先行するのを嫌がるものなんです。シンカーはまだ覚えたてですから。ところが石川は涼しい顔で投げている。“こいつは肝っ玉の据わった男だ”と思いましたよ」
(写真:大学時代に習得したシンカーの握り)

 オープン戦での好投が認められた石川はリーグ戦の開幕投手に指名される。いくら肝っ玉の据わった石川でも緊張しているだろうと案じ、善波はブルペンで冗談を飛ばした。
 ところが、である。
「普通の選手なら表情を強張らせて“はい、はい”と答えるところを、アイツ、逆にペラペラとしゃべり返してきたんです。初めての開幕戦だというのに全然、緊張していないんですよ。もう驚くやら呆れるやら。“もう、しゃべるのはいいからさっさとピッチングしろ”って言い返してやりましたけど(笑)」
 そして、しみじみ続けた。
「いくら度胸がいいとはいっても、まさかプロであれだけ活躍するとは……」

 プロ8年間で積み重ねた勝ち星は84。あと16勝てば100勝に到達する。高いハードルではあるが、越えられない高さでもない。
「励みになるいい目標ですね。これが達成できれば自分自身、とても大きな自信になると思うんです」

 1月の自主トレは鳥取で中日の山本昌らと行った。44歳の大ベテランだ。当然のことながら石川は200勝投手を質問攻めにした。
「昌さんは30歳くらいから、どういうトレーニングを行ったんですか?」
「走り込みが大切だよ。あとは体のケアをきちんとすることだな」

 もちろん、投球面での質問も忘れない。石川が聞きたかったのは「カーブの軌道の描き方」だ。
「これまで僕はカーブを投げる時、腕の振りが緩んでダラーンとした軌道になっていた。いわゆる時速90キロくらいの“カツオボール(石川の愛称『カツオ』と魚の鰹が泳ぐスピードにちなんで名づけられたカーブ)”です。これを、もっとメリハリのあるカーブにしたかった。昔でいうドロップ。
 そこで昌さんに訊ねたところ、下半身の使い方が大事だということがわかった。右の股関節をグッと後ろに引く感覚で投げるんです。それで腕をちゃんと振って投げると、ボールにブレーキがかかり、キュンと落ちるような軌道を描く。これにシンカーとシュートを組み合わせたら、相当バッターは戸惑うんじゃないかって。
 まぁ、しょちゅう使わなくても初球にそれで入ったり、バッターの頭にない時に投げるだけでも効果はあると思うんです。決め球に使う気はないんですけどね……」

 球界きっての“聞き魔”に逆に聞いてみたいことがあった。
――プロで成功する条件とは?
「プロで活躍する人、活躍できない人の差って本当に紙一重だと思うんですよ。実際、僕より球の速い人なんてゴロゴロいるわけです。その人たち以上に速いボールを投げようと努力しても僕には難しい。努力してもできそうなことはやらない。できることは継続してやる。
 ただ、いつどんな知識が役に立つかわからないので引き出しはひとつでも多く持っておいた方がいい。“オレは聞かねぇ”という人もいるけど、あれはもったいないですね」

 身長はかつて公称169センチだったが、実際は167.5センチ。12球団を見渡しても、彼より背の低いローテーション投手はいない。
「本当は170センチと書きたかったんですが、それだとバレちゃいますからね(笑)」
 無理はしないが、ピッチングの幅を広げるため、毎年、少しだけ“背伸び”をする。16勝という“背丈”は、今の石川が目標とするにはちょうどいい。

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<この原稿は2010年3月20日号『週刊現代』に掲載されたものです>