4年に1度のサッカーの祭典、FIFAワールドカップがまもなく南アフリカで開幕する。4大会連続4度目の出場となる日本代表は強豪国が顔を揃えるグループEに入った。日本代表は苦境を乗り越え2大会ぶりの決勝トーナメント進出を果たすのか−−。長年日本サッカーの発展に貢献し、現在もサッカー協会名誉会長として代表チームを見守っている川淵三郎氏に当HP編集長・二宮清純がロングインタビューを敢行。これまで川淵氏が関わってきた日本代表監督選考の舞台裏や、プロ化に進む過程でのエピソード、そして南アフリカで世界に挑む岡田ジャパンへの想いなど、W杯本番前に話題は尽きなかった。
二宮: 6月11日から南アフリカW杯が始まります。日本代表は4回目の出場ですが、過去3大会に比べると国内の盛り上がりはイマイチです。
川淵: たしかに過去3回のW杯と比べると、今回、国民の盛り上がりは明らかに低いですね。しかし、ずっと右肩上がりで行くわけじゃないんだから、そう気にする必要はないと想いますよ。

二宮: 2月の東アジア選手権で3位に終わったり、キリンチャレンジカップのセルビア戦で0対3と大敗したことが岡田ジャパンの期待の低さになって表れているという見方もあります。
川淵: 要は大会が始まってからの岡田ジャパンの活躍次第だね。大会が始まって結果を出せばどんどん関心も高まっていくだろうけど、それこそ3連敗しようものなら、日本人にとっては全く盛り上がりを欠いたままの大会で終わってしまうかもしれない。
 しかしモノは考えようでね、期待値が低いということは監督や選手にとってはあまりプレッシャーを感じず、リラックスした状態で戦うことができるということでしょう。僕はそこを密かに期待しているんだけどね。

二宮: 良くも悪くも日本サッカー史上最強と呼ばれた2006年ドイツ大会のジーコジャパンの時のようなワクワク感はあまりありません。
川淵: 考えてみると、今回はヒデ(中田英寿)が出ない初めてのW杯でもある。日本が初めてW杯に出場したフランス大会の時ヒデは21歳、日韓大会で25歳、ドイツ大会で29歳。常に日本代表はヒデが中心であり、ファンは彼の成長とともに代表を見ていたような面がある。
 その意味で06年ドイツ大会はヒデの集大成であり、他のメンバーを見ても、誰もが、これまでで一番レベルの高いチームだと思っていた。また、事実、そうだったと思います。

二宮: ドイツW杯では初戦が全てでした。残り10分でたて続けに3点を取られてしまった。まるで堤防の決壊を見ているようでした。
川淵: 1対1になった時点で、もう負けたって感じになってしまったね。あそこでチーム全体が戦う意志を示し、前を向くかと思ったら、そうじゃなかった。そういう面で精神的な強さがなかった、と言われればそうかもしれない。

二宮: チームワークにも問題があった。1対1になった時、ヒデら攻撃陣は「もう1点取ろう」と前がかりになったのに対し、宮本恒靖を中心とする最終ラインは「1対1の引き分けでもいい」と考えを切り換えたのではないか。意思の疎通を欠いたところを狙われてしまいました。
 1対0の場面でジーコが切った小野伸二というカードも攻撃のメッセージか守りのメッセージか、選手によって受け取り方が違っていました。その証拠に試合後、DF陣が口を揃えて「守れということだと思った」と答えたのに対し、司令塔の中村俊輔は「伸二を入れたから2点目を取りに行け、ということだと思った。それを逆に突かれた」と語っています。
川淵: これはジーコというより、むしろ選手の側の問題だったと思うね。ジーコが小野に託したメッセージがわからないのであれば、皆で意思の疎通をはかればいい。「ここはしっかり守っていこう」とかね。日本語で話せばいいんだから。何でもかんでも監督の責任にするのはどうかな。

二宮: ジーコが切った小野というカードは、監督に頼らず「自分たちで考えろ」というメッセージだったかもしれない。
川淵: 確かに選手は上から、ああしろ、こうしろと言われたほうが楽なんだ。でも、いつまでも監督に頼っていたのでは限界がある。僕の目にはまだ(フィリップ・)トルシエ離れができていないように映ったね。

二宮: 先日、テレビ番組でヒデは「ジーコは正しかったけど、早かった」と言っていました。これは含蓄のある言葉でした。
川淵: あれは僕も見ていたけど、微妙な言い回しながら、うまい言い方をしてたね(笑)。

二宮: 初戦のオーストラリア戦に負けたジーコは2戦目のクロアチア戦の前に初めてミーティングらしいミーティングを行います。「もっと早くやっていれば」という声もありました。
川淵: ジーコにはセレソンに対する独特の考え方があった。国を代表するチームに対しては細かいことをイチイチ言っちゃいけない、と思っているフシがあったね。

二宮: しかし、残念ながら日本のセレソンはまだそこまでいってなかった。
川淵: そう、だからそこは何度もジーコに言ったんだけど、彼は決して譲らなかったね。これは本人の哲学だったのかもしれない。
 しかし、チームワークの欠如の原因をジーコに求めるのはおかしい。というのも中国のアジアカップの時なんて、本当にいいチームだったもん。
 メンバーの中に横浜F・マリノスの松田直樹がいた。彼は自分がレギュラーじゃないとつむじを曲げるタイプなんだけど、優勝した瞬間、真っ先にベンチを飛び出したのが彼だった。全員で喜びを分かち合っていた。本当にいいチームだったと思うね。

二宮: 準々決勝のヨルダン戦では咄嗟の判断で宮本がPK戦のサイド位置を変えた。精神的なたくましさを感じました。
川淵: そうそう、あの頃は非常にいいチームへと成長を遂げている実感があった。ところがアジアカップが終わり、ケガが癒えてヒデがチームに復帰したあたりからギクシャクしていった。控えになった選手の嫉妬心が原因かもしれないね。
 そんなこともあるから、僕は日本人コーチをひとりつけたかったんだ。日本人コーチがいれば、今チームで何が起きているのか、こちらも把握することができるからね。本当にそのことだけは後悔してもし切れないね。

二宮: 結果は予選リーグ敗退。勝ち点も1だけだった。
川淵: それによってサッカー熱が一気に冷めてしまった面は否めないでしょう。特に女性がね。

二宮: 女性?
川淵: 協会のデータでは代表チームの試合にやってくる観客の約4割が女性だったんです。ドイツW杯まではね。ところが最近は約3割にまで落ちている。こうしたデータからも、いかにヒデ人気が大きかったかということが窺い知れる。もちろんツネや他の選手の人気もありましたけどね。

二宮: なるほど、ピッチの上でもマーケティングの面から見てもヒデの存在は別格だったと。
川淵: そうそう。しかし今回ヒデはいない。その代わりと言っちゃ何だけど、僕が今回一番期待しているのは本田圭佑だね。ああいう荒々しさとかたくましさを持った選手は必要だよ。ずっと彼を見ているけど、ここ最近の彼の成長は本当にスゴい。ロシアに行って、また成長したんじゃないかな。
 もうひとり忘れてならないのはボランチの長谷部誠。相手に強くて守備の要であると同時に攻撃力もある。彼が入ったことでチームに芯ができた気がするね。

二宮: 南アフリカでも重要なのは初戦のカメルーン戦。できれば勝ち点3、最低でも勝ち点1は欲しい。
川淵: ドイツW杯の時のオーストラリア戦と同じ位置づけのゲームになりそうだね。これはあくまでも日本の側からの見方だけど、これまでカメルーンには強化試合で1度も負けたことがない。だから日本にとって苦手意識はないはずなんだ。
 それにカメルーンは初戦の出来がいつもあまりよくない。90年のイタリア大会の初戦でアルゼンチンに勝ったでしょう。あれの印象が強いから「カメルーンは初戦に強い」というイメージがあるかもしれないけど、実は、これまで5回W杯に出場して、初戦で勝ったのはあの試合だけなんだ。チームがひとつにまとまるのには時間がかかると見ている。

二宮: 一方でアフリカ大陸での大会ということで「今回のアフリカ勢は侮れない」という見方もあります。大切なのは負けないこと。カメルーン戦は重要だけど、オール・オア・ナッシングではない。勝ち点1なら、最後のデンマーク戦まで決勝トーナメント進出の可能性が残る。それこそドイツ大会のオーストラリア戦の敗北から学んだ最大の教訓ではないでしょうか。
川淵: 僕もそう思うね。冒頭でも言ったように、期待値が低いんだから、選手たちはまわりの評価なんて気にせず、思い切りやればいい。僕には岡田ジャパンがこちらの期待以上の活躍をする予感があるんだけどね(笑)。


<2010年6月4日発売『G2』(講談社)では、さらに詳しいインタビューが掲載されています。こちらもぜひご覧ください>
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