今年から野球界には新たな彩りが加わった。関西を拠点に活動している女子プロ野球リーグの創設だ。現在、「京都アストドリームス」と「兵庫スイングスマイリーズ」の2チームが前後期制(各20試合)で1年目のシーズンを戦っている。男子の野球独立リーグが、どこも観客数の低迷で苦しむ中、8月16日には京セラドーム大阪で過去最多の5037人を動員。初の関東遠征となった8月22日の西武ドームの試合では3178人、30日の神宮球場には4034人を集め、興行的にも一定の成果をあげている。人気の秘密を探りに神宮でのゲームに足を運んだ。
(写真:首位打者の京都・川端友は、東京ヤクルトの兄・慎吾と初の兄妹プロ選手として話題に)
 まず、意外に、と言ったら彼女たちに失礼かもしれないが、プレーの質は高い。決して全国的に名の知れたスタープレーヤーがいるわけではないが、試合を観ていて飽きなかった。それは多くの観客も同じように感じていたはずだ。ひとつひとつのプレーに対して歓声が上がり、スタンドがゲームに集中している様子が実感できた。筆者は独立リーグの四国アイランドリーグ(当時)が誕生した1年目の試合を何度か取材したが、正直、内容はお粗末なものが少なくなかった。目測を誤って“バンザイ”をしてしまう守備、コントロールが定まらず四死球を連発する投手陣……。長期のリーグ戦を経験したことのない選手たちがほとんどなだけに、最初からうまくいかないのはやむを得ない。そう思っていただけに、いい意味で予想を裏切られた。

「この半年で、これまでの野球人生分、野球をやった子もいるはずですよ(笑)。今年の夏は暑くて大変でしたけど、大きなケガ人も出ていないのも救いです。どのレベルがお客さんに満足いただけるものかは分かりませんが、試合を重ねるごとに体力もついて打球が鋭くなっていることは確かです」
 三沢高時代に甲子園で延長18回の死闘を演じた太田幸司(元近鉄)スーパーバイザーも選手たちの成長を認めている。選手は各チーム15名。DH制はなく、投手も打席に入る。打撃では打率.423のリーディングヒッター川端友紀(京都)をはじめ、各打者の振りはしっかりしていた。甘い球がくれば外野の間を抜ける打球が飛んでいく。この日、レフトへ先制の3塁打を放った兵庫の小西美加は「(7月末からの)前期と後期の間の3週間で、みんな泣きながら下半身の強化に取り組んだ成果が出ている」と語っていた。金属バットを使用してはいるが、打球の速さは男子にも負けていない。

 一方、投手の平均球速は110キロ台。球威には欠けるものの、全般的に制球力があり、カウントを悪くしても変化球でストライクがとれる。守りも初歩的な捕球やスローイングのミスが時折見られるが、打球への反応はよく好プレーが多い。特に、この日はプロ野球仕様の広いグラウンドにもかかわらず、外野手が追い切れずに打球が点々とするシーンはなかった。
「女子の選手は男子にはない体の柔らさがある。オフにも練習すれば、どんどんレベルアップしていくはずです」
 太田スーパーバイザーが、そう太鼓判を押すのもうなづけた。
(写真:7回を投げ抜き勝利投手となった兵庫・田中碧は緩急を駆使した投球が光った)

 NPBや独立リーグでは試合時間の長さも気になるが、女子プロ野球では前期20試合の平均が2時間39分。この日は両チーム合わせて20安打が飛び出す打撃戦も、5回終了時のアトラクションも含めて2時間26分でゲームセットを迎えた。このテンポの良さもリピーターの増加につながるだろう。

 試合のみならず、グラウンド外でもファンを飽きさせない仕掛けは充実していた。ちなみに、この日は京都の内野手「河本悠デー」。先着で河本を紹介するマンガや顔写真入りの選手名簿が配られていた。女子プロ野球では、毎試合、選手をひとりフューチャーし、同様のファンサービスが行われている。NPBとは異なり、初めて訪れた観客には名前も顔も分からない選手が多い。プレーボール前には選手がグラウンドでマイクを持ち、自己紹介と挨拶を行う場面もあった。こういった試みは興味を抱くきっかけになる。

 試合前にはキャッチボール教室やサイン会が開催され、物販コーナーにも選手たちが顔を出すなど、ファンとの触れ合いは盛んだ。試合が始まると、イニングのインターバルを利用しての応援メッセージ読み上げや、観客席にマイクを持ちこんでのファンへのインタビューと、スタンドとの一体感をつくりだす演出があった。試合後には全選手が球場内外で観客を見送り、ファンとの距離は非常に近い。各選手の元には長打の列ができ、サインをもらった観客は「何かすごく得した気分」と喜んでいた。似たようなファンサービスは独立リーグでも実施されているが、ここまで徹底しているのは珍しい。安定した集客を続ける理由が垣間見えた気がした。
(写真:試合後には、ヒーローではなく“シンデレラ”インタビューを実施)

 まだ初年度のリーグだけに、当然、課題はある。プレーの質は低くない反面、どうしてもスピード、パワーの面で見劣り感は否めない。いくら打球が鋭いといっても、外野フェンスを越えるような当たりはまだまだ。「リーグ第1号ホームラン」が彼女たちの密かな目標だ。
「これはバッターのパワーだけでなく、ボールのスピードも関係するよね。135キロくらい投げるピッチャーが出てくれば、その反発で飛びますから。ただ、僕らが現役時代にやっていた日生球場や大阪球場クラス(いずれも両翼約90メートル)なら近い将来、可能性はあると思います」と太田スーパーバイザーも待望の一発に期待を寄せる。何といってもホームランは“野球の華”。たまにでも、打球がスタンドインするシーンを見せられれば観戦の楽しみは増すだろう。

 もうひとつは2チームによるリーグ戦のため、優勝争いにあまり関心が集まらないことだ。現に前期は兵庫が京都を圧倒し、14勝6敗の成績だった。16試合目の優勝決定で、残りは“消化試合”。後期も兵庫が5勝1敗と勝ち星を重ねている。「京都のほうが弱いから“判官びいき”でファンも多いみたいです」と太田スーパーバイザーも苦笑いの状況だ。最初のトライアウトの時点では戦力を均等に分けたつもりだったが、それで結果が均しくなるとは限らないのが野球の難しいところ。まだ観客は試合の勝敗にこだわっていないが、2年目以降は工夫が求められる。

 男子の独立リーグはいずれも経営難に悩むだけに、運営面でも2年目以降は勝負だ。物珍しさがなくなり、新たな見どころもなくなれば、観客動員がジリ貧となる可能性もある。今季は西武ドーム、神宮とプロ野球の本拠地で関東遠征を行い、13日にはナゴヤドームでも試合が開催される。リーグの片桐諭代表は「女子プロ野球を盛り上げようと各球場には協力していただいているが、そんなに使用料が安くなっているわけではない」と明かす。遠征にかかる経費も考えれば、全国展開はファン拡大に貢献する一方で、経営を圧迫するリスクを伴う。現状は「わかさ生活」がリーグを全面的に支援する体制だが、永続的に続けるためには球団ごとに独立採算で運営するスタイルが理想だろう。その中で全国各地に球団ができれば、なお素晴らしい。

 また今年は初年度のリーグを優先し、選手たちは8月にベネズエラで開催された女子野球W杯への日本代表入りを見送った。プロ抜きで戦った日本は見事、連覇を達成し、注目を集めた。もし、ここに京都、兵庫の所属選手がいれば、リーグ戦はさらに盛り上がったはずだ。男子とは違って、女子の野球にはプロアマの壁はないに等しい。太田スーパーバイザーも「プロアマ関係なく、一体となってレベルアップしたい」と語っており、今後は両者がうまく連携しつつ、女子野球全体の発展をはかることが大切だ。

 この日の神宮には茨城ゴールデンゴールズに所属する片岡安祐美も駆けつけていた。リーグ戦を観戦するのは初めてという。片岡は自身の夢はあくまでも「NPBの女子第1号」になることとしながら、「選手たちが目指すところができたのはうれしい」とグラウンドを見つめていた。現に客席に目を転じれば、ユニホーム姿の女の子たちをあちこちで見かける。女子の野球人口は600人とも言われているが、リーグの存在は必ず底辺拡大に寄与するはずだ。「小学5年生の子が(高校を卒業する)8年後にはトライアウトを受けたいと言ってくれたんです」。片桐代表もそう顔をほころばせていた。ゲームを間近で体感した少女たちの心に「プロ野球選手になりたい」との夢が生まれたことは間違いない。
(写真:関東出身の選手も多く、家族や友人などもたくさん集まり、スタンドはにぎわっていた)

「告知が不十分な中、関東で3000〜4000人の方に来ていただいたことは手応えを感じました。もっとたくさんの人に、このリーグを知って、観ていただけるように続けていきたいと考えています」(片桐代表)
 ガラスの靴ならぬ、スパイクを履ぎ、ダイヤモンドの中で光るシンデレラたち――。この先もずっと輝きを放てるよう、長い目で温かく見守っていきたい。

(石田洋之)