射撃に魅了され、3大会目となるロンドンパラリンピックで初のメダル獲得を目指しているのが、田口亜希だ。「世界の“AKI TAGUCHI”になる可能性を秘めている」と日本代表ヘッドコーチの刈谷洋一も、彼女の素質の高さに太鼓判を押す。そして、アテネ以来、2大会ぶりとなる瀬賀亜希子は、エアライフル立射(男女混合・SH2)に出場する。「入賞できれば」と本人はいたって謙虚だが、田口同様、メダルに近い存在だと刈谷ヘッドコーチは大きな期待を寄せている。日本を代表する2人の女性シューターの強さに迫った。
 集中力の極み

 田口亜希の射撃人生は、人一倍強い緊張感との戦いの連続である。試合前の彼女の表情はいつも緊張で強張っている。
「私、何でこんなことをやっているんだろう……。この試合が終わったら、もう辞めよう」
 いつもそう思うのだが、試合が終わると、そんな気持ちは跡形もなく消え去っている。代わりに決まって表れるのが、爽快感、解放感、達成感。田口が射撃をやり続ける理由が、そこにある。

 4年前もそうだった。アテネに続いて出場した北京パラリンピックだ。エアライフル伏射(10m男女混合・SH1)とフリーライフル伏射(50m男女混合・SH1)の2種目にエントリーした田口は、まずエアライフルに臨んだ。試合前、田口はいつも以上の緊張感に襲われていた。
「試合がなくなってしまえばいいのに……」
 試合会場に到着しても、まだ田口は“据わる”ことができずにいた。その様子を見ていた刈谷ヘッドコーチは「これだけ緊張しとったら、どうにもならんなぁ」と思っていたという。だが、その不安は杞憂に終わった。最も緊張が走る一発目、田口はきっちりと満点である10点を取ってみせた。いつの間にか、“シューター田口亜希”に切り替わっていた。

 エアライフル伏射では本戦で60発を撃ち、その成績の上位8人が決勝に進出する。決勝では10発を撃ち、本戦の得点に加算される。その合計得点で順位が決定するのだ。50メートル先の直径10.4mmの標的を狙うフリーライフルとは違い、10メートル先の直径0.5mmの標的を狙うエアライフルでは、本戦で満射である600点(60発×10点満点)が出るのは珍しくない。そのため、決勝に進出するためには、ミスは1発以下におさめなければならないという過酷なトップ争いが繰り広げられる。それでも600点を出したこともある田口にとって決勝進出は、実力さえ出せば、十分にクリアできるものだった。

 ところが、田口はあろうことか、わずか8発目にしてミスを犯してしまう。それまで「10」がきれいに並んでいた電光掲示板に「9」の数字が点灯した。わずか1点ではあるものの、決勝進出を狙う田口にとっては、あまりにも大きかった。残る52発を絶対に失敗してはいけないというプレッシャーが彼女に襲いかかった。「アテネの時は、終盤の53発目で落としたので、残りはわずか7発だったんです。でも、北京では序盤の8発目で落としてしまった。52発も残っている状況でのミスは、大きなプレッシャーになりました」

 1時間以上もの長時間、高い集中力が求められた。それはあまりにも長く険しい道のりだった。だが、田口は52発全てに10点を出し続けた。その時の彼女を支えていたのは、自分自身への信頼だった。
「北京前は、週に5回ほど片道75キロある射撃場に通って練習したんです。だから8発目で落としてしまって不安に駆られる自分自身に『あれだけ練習してきたんやから、大丈夫や。こんなところで落ちるわけない!』って、ずっと自分に言い聞かせていました。その自信がなかったら、あの状況は乗り越えられなかったと思います」

 60発を撃ち終えると、田口の目からは涙がとめどなく流れ落ちた。それは全体5位で決勝進出を果たしたことへの喜びではなかった。一つのミスも許されない52発のプレッシャーに打ち勝ったことへの安堵感と達成感だった。結局、決勝で順位を落とした田口は8位入賞と、目標としていたメダルには届かなかった。この結果に、田口は決して満足も納得もしていない。しかし、パラリンピックという大舞台で、それまで味わったことのない大きなプレッシャーに打ち勝ったことへの自信は、その後の彼女の大きな糧になったことは間違いない。あの52発で見せた、集中力の極み。それこそが、田口の強さである。

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