31日、柔道は男子81キロ級と女子63キロ級が行われ、女子63キロ級の上野順恵(三井住友海上)は準々決勝で敗れたものの、敗者復活戦、3位決定戦を勝ち上がり、銅メダルを獲得した。上野の姉・雅恵はアテネ、北京の70キロ級金メダリスト。姉妹でのメダルはレスリングの伊調馨(アテネ、北京で金)、伊調千春(アテネ、北京で銀)に続き、2組目となった。一方、男子81キロ級の中井貴裕(流通経済大)も準々決勝で敗れ、敗者復活戦から銅メダルを狙ったが、3位決定戦で一本負けを喫した。
<上野、動きに精彩欠く>

 アテネ、北京を連覇した姉・雅恵に続く、姉妹での金メダルは叶わなかった。世界ランキング1位と金メダルに一番近い位置にいた上野だが、本来の動きには程遠かった。
「自分らしい柔道ができなかった。情けない」
 試合後は反省の言葉が口をついた。

 組んでじわじわと相手を追いつめ、主導権を握る。これが上野のスタイルだ。決して派手ではないが、安定した戦いぶりで世界柔道は2009年、10年と連覇してきた。
 
 だが、負けられないプレッシャーが余計な重しとなったのか。初戦こそ危なげなく勝ち上がったものの、2回戦のマリヤナ・ミスコビッチ(クロアチア)との試合では、組んでからの攻めが遅く、相手を崩しきれない。延長戦の末、ようやく有効を奪って準々決勝進出を決めたが、表情に余裕はなかった。

 準々決勝の相手は韓国のジョン・ダウン。長身のチョンは上野の取り口をしっかり研究していた。上野が充分な組み手になる前に攻撃を仕掛け、ペースをつかませない。組んでも、しっかりと上から抑え込み、技を出させなかった。攻めきれない上野は残り1分30秒で2つ目の指導を受け、有効のポイントを失う。その後も、しっかり組めない状況が続き、なかなか反撃に転じられない。逆に残り40秒で相手を倒したところを逆に巻き込まれ、畳の上で一回転。これで2つ目の有効をとられて万事休した。

 敗者復活戦にまわっても大事に行きすぎるあまり、思い切った攻めが見られない状態は続く。銅メダルを確保した3位決定戦も格下のムンフザヤ・ツェデブスレン(モンゴル)相手に指導2つによる優勢勝ちと、すっきりしない内容だった。

 前回の北京五輪では最終選考会で谷本歩実を直接対決で下しながら、「世界で勝てる技がない」と代表入りはならなかった。北京で連覇を果たした谷本が引退し、29歳でつかんだ念願の大舞台。「最初で最後の五輪になると思う。いい思い出ができました」。残念な銅メダルではあるが、その表情は戦いの場から解放され、さっぱりとしていた。

<中井、「メダルを獲りたかった」>
 
 内股でひっくり返され、銅メダルに一歩及ばないことが決定した瞬間、大粒の涙がこぼれた。今大会の柔道男子では最年少で代表に選ばれた21歳にとって、収穫と課題の見えた五輪だった。

 敗れた3位決定戦、中井は立ち上がりから積極的に仕掛けた。大内刈り、小外刈りを連発し、イワン・ニフォントフ(ロシア)を崩す。パワーで下回る日本勢にとって、技のスピードとキレで勝負することは有効だ。準々決勝で対戦した前回大会の覇者オーレ・ビショフ(ドイツ)に対しても足技を繰り出し、攻める姿勢は出ていた。

 しかし、いくら技を出しても相手にしっかり組み手を握られれば危ない場面も増える。ビショフ戦では投げられて腹ばいで逃れたところを畳に顔面にぶつけ、鼻から出血。その後、大内刈りにいったところを返されて有効を奪われた。さらに、そのまま上に覆いかぶされると、腕をとられて極められ、一本負けした。

 3位決定戦でも相手に指導が入り、流れを引き寄せながら、そこからやや攻め急いだ。大外刈りを返されて技ありを奪われると、今度は大内刈りに行ったところを同じように内股で返された。持ち味の積極性を、勝利につなげる技術と経験を身につけるのがロンドンで課された宿題だ。

「メダルが何が何でも欲しかった」
 涙を拭いながら、中井は何度も「メダルが欲しかった」と繰り返した。この階級は2大会連続決勝で金メダルを争った金宰範(韓国)、ビショフなど世界的にも強豪が多い。悔しさを糧に4年後は一回り強くなって、今度は五輪の畳で笑いたい。