大会最終日の12日、レスリングの男子フリースタイル66キロ級で米満達弘(自衛隊)が決勝でスシル・クマール (インド)を破り、金メダルに輝いた。男子レスリングでの優勝はソウル五輪の小林孝至(フリースタイル48キロ級)、佐藤満(同52キロ級)以来24年ぶり。今大会、日本勢は金7、銀14、銅17の計38個のメダルを獲得し、これは8年前のアテネ大会を抜いて最多の個数となった。また、これで日本が夏季五輪で得たメダルは400個目。節目のメダルを最高の色で飾った。
 ブルース・リーに憧れる男が、まさに大会のフィナーレでスターになった。
 決勝では第2ピリオドでアクション映画ばりにクマールを豪快に持ち上げ、マットに押し倒す。これで3ポイントを獲得し、金メダルに大きく近づいた。その後、1ポイントを失うもリードを保ったまま、試合時間が終了。金メダル獲得の瞬間、人差し指を立てて1番をアピールしながら、マット上でクルリと一回転するパフォーマンスも含めて“役者”だった。

 頂点への道のりは決してシナリオ通りではなかった。6月下旬に右脇腹を痛め、練習では直前まで別メニュー調整を余儀なくされた。さらにトーナメントの抽選では運にも見放された。昨年の世界選手権で敗れたメディ・タガビ・ケルマニ(イラン)、同3位のリバン・ロペスヌネス (キューバ)が同じヤマに入る厳しいブロック。米満の初戦はロペスヌネスとの対戦となり、一瞬たりとも気が抜けない状況だった。

 強豪を撃破する武器となったのは、独特のタックルだ。身長168センチながら、180センチを超えるリーチの長さ。さらに体の軟らかさを生かして、次々と相手の足をすくう。ロペスヌネス戦でも第1ピリオド、第2ピリオドと相手の警戒をかいくぐって左足をとり、ポイントを奪って勝ち抜いた。

 ヒヤリとしたのは準々決勝のハイスラン・ベラネス(カナダ)戦だ。第1ピリオド、膠着状態のまま両者ポイントが入らず、抽選で攻撃権を決める延長戦に入る。攻撃権を得たのは米満。圧倒的優位の展開に持ち込みながら、米満は最初に持っていた相手の片足を押し込んだ時に手放してしまう。このまま逃げ切られて、第1ピリオドを失った。

 だが、窮地で強さを発揮するのがヒーローの条件。ここからスイッチが入ったかのように本領を発揮する。第2ピリオドを両足タックルでポイントを得てモノにすると、勝負の第3ピリオドも開始30秒で相手の足首をガッチリととり、横倒しにして2ポイントを先制。さらにタックルを決めて、ポイントを稼ぎ、苦しい戦いを乗り切った。

 激戦を物語るように顔には引っかき傷、左目には充血が見られた準決勝もジャブライル・ハサノフ(アゼルバイジャン)が前に右足を出したところを逃さず、長い腕ですくってひっくり返す。相手はローリングで体を入れ替えようとしたが、今度は柔軟な体をひねってこらえ、相手にポイントを与えない。そして、すかさずバックにつき、この攻防で2ポイントをあげ、主導権を握った。終わってみれば厳しい組み合わせながら、準決勝、決勝はいずれも2ピリオドを連取し、強さを見せつけた。

「人生でこれまで満足したことがない」と語る26歳。五輪前から「金メダル以外に満足するものはない」と表彰台の一番上に狙いを定めていた。ただ、「もし金メダルを獲っても、それは通過点」とも話す。レスリングを究める作業に終わりはないと考えているからだ。米満がレスリング界の主役として、今後、どんな物語を作・演出するのか。まだ、この金メダルは第1章が終わっただけなのかもしれない。

▼米満選手の過去の特集記事はこちら
>>「金メダルへの銀メダル」(前編)
>>「ブルース・リーを目指せ!」(後編)