4日の夜、知り合いのカメラマンに誘ってもらい、ロンドンに来て初めて外食をした。オリンピックパークの最寄り駅「Stratford」の前にそびえたつヨーロッパ最大のショッピングモール「waitrose」内のレストラン。メニューの品数はたくさんあったが、やはりここはイギリス料理の代表「フィッシュ&チップス」を頼むことにした。
 15分ほど待って、ウエイターが持ってきた大きなお皿に乗っていたのは、魚のフライとフライドポテト。フライドポテトは日本と形も味も同じだったが、魚のフライの大きさは想像をはるかに超えていた。両手でも覆いきれないほどの大きさに目を丸くしていると、ウエイターに「美味しいから、食べてみて」というようなことを言われたので、口に運んでみると……「うまい!」と思わず日本語で叫んでしまった。ウエイターに「This is so good! Very delicious! I’m so happy!」と知っている英語を連発していたら、隣でビールを飲んでいたおじいさんに笑われてしまった……。「味が薄い」とカメラマンたちは塩をかけていたが、私にはちょうどいい味付けだった。おおよそ有名なものというのは期待をしすぎるからか、外れが多いものだが、「フィッシュ&チップス」はかなりのオススメである。

 さて、陸上競技では昨年の世界選手権に続いて、ロンドン五輪の男子400メートルとマイルリレーに出場し、世界中の話題となったオスカー・ピストリウス(南アフリカ)がパラリンピックでも大人気だ。彼の名がコールされると、満員のオリンピック・スタジアムが揺れるほどの大歓声と、無数のフラッシュがたかれる。5日、100メートル予選(T44クラス)に出場したピストリウスは全体の2位(11秒18)で6日の決勝にコマを進めた。トップ通過は地元英国のランナーだけに、彼とピストリウスが争う決勝は盛り上がるに違いない。

 同種目に日本から唯一出場したのが、春田純である。彼は4年前の北京パラリンピックで、いつも大会で顔を合わせる日本人選手たちが大観衆の前で走っている姿を見て、「4年後、自分もこの舞台に絶対に立ちたい!」と心に誓った。遠い夢でしかなかったパラリンピックの舞台が、その時から春田の目標となったのだ。そして4年後、目標を達成した。

「いやぁ、本当にすごいですよ。やっぱり、すごい! 世界の超人たちが集まる舞台ですからね」
 夢にまで見た世界最高峰の舞台。そのスタートラインに立った春田は前夜、妻とのメールを思い返していた。
「やっぱり緊張していては力は出せませんからね。楽しむことができれば、リラックスしているということですし、記録にもつながるということを嫁ともメールで話をしていたので、それを頭の中で整理していました」

 春田がレースを楽しんでいる様子がわかったのは、スタート直前のことだ。スタジアムの大型画面に自分が映っていることがわかると、超満員の大観衆に向かって両手をあげて応えた。
「オレもいるよ、ということをアピールしたんです(笑)。それだけリラックスしていたということだと思います」

 スタートは自らも「良かった」と評価した通り、世界との差はほとんどなかった。前半は力強い走りで、超人たちと互角に渡り合った。しかし、勝負は後半だった。加速していく他の選手たちとは裏腹に、春田は最後の伸びがなかった。徐々に順位が後退し、ゴールした時には後ろには誰もいなかった。タイムも昨年5月の大分陸上でマークした自己ベスト11秒95に遠く及ばない、12秒69だった。

「スタートと前半の走りは良かったんですけど、後半は他の選手との身体的パワーの差が出てしまいました。横に並ばれた時に力んでしまって、後半はうまく足をさばけなかった。タイムも伸びませんでした」
 そう反省の言葉を述べた春田だったが、表情は充実感に満ちていた。決してタイムには満足はしていない。実力を出し切ったとも言い切れない。それでも、目標としていた舞台のスタートラインに立った。その達成感は、何ものにも代え難い喜びであったはずであり、今後の彼にとって大きな財産となるに違いない。

(文・写真/斎藤寿子)