9日、陸上の世界選手権モスクワ大会選考会を兼ねた日本選手権最終日が行われ、男女計18種目で日本一を争った。男子400メートルハードルは、ロンドン五輪代表の岸本鷹幸(富士通)が49秒08で3連覇。派遣標準記録Aを突破し、世界選手権代表に内定した。ハンマー投げでは、前回の大邱大会で金メダルを獲得している室伏広治(ミズノ)が76メートル42で19連覇を達成した。男子200メートルでは、飯塚翔太(中央大)が20秒31で初優勝。飯塚は選考条件を満たし、モスクワ行きの切符を手にした。女子200メートルは福島千里(北海道ハイテクAC)がV3を達成。昨日の4連覇した100メートルと合わせて3年連続の2冠に輝いた。大会を通じた最優秀選手に男子は100メートルで優勝した山縣亮太(慶應大)、女子は1万メートルを制した新谷仁美(ユニバーサル)が選出された。
(写真:大邱大会に続く世界選手権行きを決めた岸本)
【復活の鷹、再び世界へと飛び立つ】

「こんなに苦しかった試合はない」。岸本の言葉が今季の苦悩を物語っていた。ロンドン五輪で痛めた左ハムストリングス。その後はなかなか練習を積めない日々、今春から実戦復帰を果たしたが、不甲斐ないレースばかりが続いた。今年は体を戻すことに重きを置いていた。

 今大会の予選でも、「スピードが遅く。後半持たない」と嘆いていた。それでも徐々に上昇気流に乗り始めていた。準決勝では、B標準を切り、決勝進出。本人も「ホッとした」と本音を明かした。「まともに走れた」と、手応えもわずかながらに感じ取っていた。そして迎えた決勝、気持ちは吹っ切れ、楽しむことができた。

 序盤から飛ばし、先頭に立ってレースをリードした。ハードル間の歩数を、5台目まで13歩でいく予定だったが、届かないと見るや5、6台目を14歩に切り替え、7台目からは15歩で走った。ラスト100は笛木靖宏(チームアイワ)とのスプリント勝負。“ここで負けらんねぇ”と、最後に岸本を支えたのは、意地だった。日本選手権の3連覇がかかっていたことが、モチベーションになった。
(写真:A標準を突破した笛木<左>に競り勝つ)

 加えて、前日に金丸祐三(大塚製薬)が400メートルで9連覇を成し遂げたことも大きい。法政大学時代からの先輩で現在もトレーニングを共にする金丸も昨シーズンから不振にあえいでおり、その中での復調を感じさせる圧巻の走り。レース後、2歳上の兄貴分からは、こんな声をかけられたという。「次はオマエの番だぞ」。この一言で、さらに闘志に火が付いた。

 日本選手権王者としての意地、先輩からの刺激、精神面での充実には、他にも理由があった。大会期間中、青森に住む両親が岸本の応援に上京していた。食事を作ってくれるなど、生活面をサポートしてくれた。「まるで実家にいるようでした」と、リラックスできたことで、“むつの鷹”は存分に羽を伸ばせた。 

 岸本がマークした今シーズンの自己ベストの49秒08は、A標準を突破するもの。世界選手権代表の座を手に入れたが、「(このタイムは)世界では話にならない」と、決して満足はしていない。準決勝敗退の大邱、予選で失格のロンドン。過去の世界大会では常にケガを抱え、万全で臨めていない。「正直なところ、今回(世界選手権に)行けるとは思ってなかった」と言うが、世界の舞台をただ経験しにいくわけにはいかない。より高く羽ばたくために、大きな翼を手に入れなくてはならないだろう。決戦の地・モスクワで、完全復活に期待したい。

【“和製ボルト”が本家に挑む】

 桐生祥秀(洛南高)、山縣の対決で盛り上がりを見せている100メートル。こちらは9秒台が世界基準の数字として、注目を集めている。飯塚も「本当は出たかった」と最速を巡る戦いに参加したかった様子。だが、確実に代表を狙える200メートルに絞った。100メートルの9秒台ばかりが話題にあがるが、200メートルの20秒切りを飯塚には期待されている。5月の静岡国際陸上で今季世界最高(当時)の20秒21の叩き出していた。日本陸連が定めた派遣設定記録を上回るもので、日本選手権は入賞以上で出場権を獲得できた。

 決勝は大外9レーン。「前半から飛ばせる」と、前半の100メートルをしっかり走った。最終コーナーを迎えたときには、勝利への確信があったという。直線でつかまることなく1番にゴールまで駆け抜けた。タイムは20秒31のセカンドベスト。A標準を上回る記録で、日本選手権初制覇を果たした。文句なしのかたちで世界選手権の代表権を手中に収めた。前回の大邱大会の選考会では、4位で出場権を逃しており、世界選手権は初出場。「そこに出ないと意味がない。やっとスタートラインに立ったいう感じですね」と語る。
(写真:力の差を見せつけての勝利)

 飯塚は2010年に同種目の世界ジュニアで金メダルを獲得するなど、将来を嘱望された選手。185センチの恵まれた体躯から“和製ボルト”の異名を持つ。世界選手権で“本家”のウサイン・ボルトにどこまで勝負できるか。名実ともに200メートルのエースとなった飯塚が、モスクワで躍動する。

【絶対王者の風格】

 20人の投てき者の中、ひとりだけ別世界にいた。室伏が今シーズン初戦を安定した投てきで、2位に6メートル以上差をつける圧勝。前人未到の連続優勝記録を19に伸ばした。室伏は1投目から75メートル41をマーク。6投すべてが70メートル以上で、そのうち4投は75メートルを超え、他を圧倒した。室伏自身、今大会の目標に「75メートルをコンスタントに投げること」を置いていたため、納得の表情を見せた。5投目は「無心で投げれた」と、この日の最長76メール42を記録した。

 男子ハンマー投げは、まさに室伏の独壇場。「誰と闘うかといったら、私自身。難しいことですが、面白い」と、モチベーションに陰りは見られない。ライバル不在の中でも、メンタルコントロールをうまくできることが、38歳になった今も、第一線で戦える要因のひとつであろう。「“年齢がきてもチャレンジできるんだ”という希望を与えたい」と、ケガをして断念していったアスリートにも、長く競技をすることで可能性を示したいという思いがある。
(写真:父と妹を合わせると室伏家48回目の優勝)

 19連覇という偉業には、「誰も成し遂げられないことをやる。それまでの自己管理に価値がある」と誇る。「自分の体を研究してきた。ケガをしないで、ここまでこれたことが大きな自信」と優れたセルフマネジメント能力が支えてきた。そして「競技をすること、ここにいたるまでが楽しい」と、何よりも競技に対する強い思いが根幹にある。
 
 絶対王者には、モスクワでのビッグスローが期待される。前回の優勝者として、既に出場権は獲得してる。ただ本人は「コーチやトレーナーと相談して決めたい」と明言を避けた。世界選手権連覇――。誰もが挑戦できるものではないだけにやり甲斐は大きいはずだ。幾つもの金字塔を打ち立てきた王者は、どんな選択をするのか。その決断が待たれる。

 決勝の結果は次の通り。

<男子110メートルハードル>
1位 矢澤航(法政大) 13秒59
2位 佐藤大志(日立化成) 13秒61
3位 古川裕太郎(小島プレス) 13秒66
(写真:昨年は失格。雪辱を果たした矢澤)

<男子200メートル>
1位 飯塚翔太(中央大) 20秒31
2位 小林雄一(NTN) 20秒46
3位 高瀬慧(富士通) 20秒48
    藤光謙司(ゼンリン)

<男子400メートルハードル>
1位 岸本鷹幸(富士通) 49秒08
2位 笛木康宏(チームアイマ) 49秒31
3位 安部孝駿(中京大) 49秒57

<男子800メートル>
1位 川元奨(日大) 1分47秒43
2位 横田真人(富士通) 1分47秒96
3位 口野武史(富士通) 1分48秒72

<男子1500メートル>
1位 秋本優紀(山陽特殊製鋼) 4分2秒32
2位 楠康成(小森コーポレーション) 4分2秒89
3位 安斎宰(順天堂大) 4分3秒09

<男子5000メートル>
1位 星創大(富士通)13分49秒57
2位 鎧塚哲哉(旭化成) 13分49秒63
3位 上野裕一郎(DeNARC) 13分51秒13
(写真:白熱のデッドヒートを制した星)

<男子走り高跳び>
1位 高張広海(日立ICT) 2メートル25
2位 冨山拓矢(鶴学園クラブ) 2メートル20
    衛藤昂(筑波大)
    戸邉直人(筑波大)

<男子三段跳び>
1位 梶川洋平(川崎市陸協) 16メートル36
2位 岡部優真(九電工) 16メートル30
3位 松下翔一(筑波大) 16メートル19

<男子砲丸投げ>
1位 畑瀬茂雄(群馬綜合ガード) 18メートル30
2位 山田壮太郎(相模原市陸協) 17メートル89
3位 宮内育大(日大) 17メートル76
(写真:2年連続6度目の優勝の畑瀬)

<男子ハンマー投げ>
1位 室伏広治(ミズノ) 76メートル42
2位 野口裕史(群馬綜合ガード) 70メートル11
3位 柏村亮太(日大) 67メートル07

<女子200メートル>
1位 福島千里(北海道ハイテクAC) 23秒25
2位 渡辺真弓(東邦銀行) 24秒02
3位 田村友紀(岩手大) 24秒06
(写真:福島はB標準を突破してのV3)

<女子400メートルハードル>
1位 久保倉里美(新潟アルビレックスRC) 56秒62
2位 吉良愛美(中央大) 57秒15
3位 青木沙弥佳(東邦銀行) 57秒28

<女子800メートル>
1位 伊藤美穂(順天堂大) 2分5秒30
2位 中田美保(日本体育大) 2分5秒38
3位 岸川朱里(長谷川体育施設) 2分6秒01

<女子1500メートル>
1位 陣内綾子(九電工) 4分16秒17
2位 森智香子(大東文化大) 4分17秒76
3位 飯野摩耶(東京農業大) 4分18秒08

<女子3000メートル障害>
1位 荒井悦加(エディオン) 9分58秒22
2位 堀江美里(ノーリツ) 10分4秒07
3位 三郷実沙希(スズキ浜松AC) 10分6秒22
(写真:2連覇を達成した荒井)

<女子5000メートル>
1位 尾西美咲(積水化学) 15分21秒73
2位 松崎璃子(積水化学) 15分26秒05
3位 竹地志帆(ヤマダ電機) 15分29秒85

<女子走り高跳び>
1位 福本幸(甲南学園AC) 1メートル90
2位 三村有希(チームミズノアスレティック) 1メートル75
3位 加藤玲奈(東海大) 1メートル70
    金井瞳(筑波大)
(写真:2年ぶり6度目の優勝の福本<左から2番目>)

<女子ハンマー投げ>
1位 綾真澄(丸善工業) 64メートル20
2位 武川美香(スズキ浜松AC) 59メートル72
3位 佐藤若菜(宮城教員クラブ) 59メートル10

※選手名の太字は世界選手権代表内定

(杉浦泰介)