オリックス時代にイチローらと球界一の守備を誇った田口壮、ONの後ろを打ち5番打者としてV9時代を支えた末次利光、女房役として多くの投手陣を支え続けてきた谷繁元信、日本で唯一の“松井(秀喜)キラー”としてプロ野球を沸かせた遠山獎志、球界きっての名コンビ“アライバ”として二遊間を守り続けてきた井端弘和――。
 プロ野球の名勝負・大記録には、必ず陰の立役者が存在する。光文社『小説宝石』で二宮清純が連載していたシリーズ「プロ野球の名脇役」が新書になりました。二宮が脇役ならではの技の極意に迫ります。深く野球を楽しみたいと思っている方にはオススメの一冊です。
 二宮清純メッセージ

「日本一の斬られ役」と呼ばれた男がいる。東映・京都撮影所の大部屋俳優・福本清三さんだ。福本さんは、ありとあらゆる役を経験した。その中には、何と「死体」も含まれていた。

<なんで自分の頭が割れたのかなんてことを、死体が考える必要はありませんやろ。だいたい、死体にわざわざ台本をくれる監督がおりますかいな。「フク、お前は死んどる。黙って、お前は死体やっとったらええ」てなもんです。(中略)「お父さん、お父さん!」って、娘役に激しく揺り動かされると、目も動きますがな。目を開いて死んでいる時は、もっと大変です。瞬き禁止ですから。パチクリして生き返ったら、しょうもない。>(小田豊二との共著『どこかで誰かが見ていてくれる』集英社文庫)

 ただ寝転がっているわけではない。死体には死体の苦労があるのだ。
 思えば、斬られ役に技術と個性がなければ斬り役、つまり主役は光らない。ある意味、斬り役を光らせるも光らせないも、それは斬られ役の腕次第なのである。

 そして、それはプロ野球についても、同じことが言えるのではないか。
 江夏豊と言えば、球界のレジェンドである。黄金の左腕が球史に刻んだ数々の伝説の中でも、1979年の日本シリーズでの熱投「江夏の21球」とともに、語り継がれているのが71年のオールスターゲームでの9連続三振である。

 この偉業は、どんな言葉をもってしても称え切れるものではない。しかし、とも思う。もしパ・リーグの猛者たちがバットを短く持ち、記録阻止に動いていたら、あの大記録は誕生しなかったはずだ。

 結論を述べれば、9人から連続して三振を奪った江夏もスゴイが、三振を恐れてバットを短く持ったり、コツンと当てにいったりしなかったパ・リーグの9人もスゴイ。江夏が主役なら、パ・リーグの9人は“名脇役たち”である。プライドをかけた双方の意地のぶつかり合いが、あの名シーンを演出したと考えるべきだろう。

 本書では脇役の対象を選手のみならず、コーチ、スコアラー、バッティングピッチャーにまで広げてみた。大きな歯車もあれば、小さな歯車もあった。噛み合いが悪ければチームは機能しない。その意味でチームとは精巧な時計のようなものである。

 タイトルを単なる脇役ではなく「名脇役」としたのは、単に与えられた居場所と役割に甘んじるのではなく、その仕事ぶりに自己主張と個性を潜ませることは忘れなかった者たちだからである。

 仮に小さな歯車であっても、取り換えがきかない唯一無二の存在――。プロ野球における名脇役の定義とは、そういうことではないだろうか。
(はじめに、より抜粋)

『プロ野球の名脇役』

【野手編】
○田口壮(元オリックス・バファローズ)
○大熊忠義(元阪急ブレーブス)
○辻発彦(元西武ライオンズ)
○末次利光(元読売巨人軍)
○緒方耕一(元読売巨人軍)
○井端弘和(読売巨人軍)

【バッテリー編】
○谷繁元信(中日ドラゴンズ・選手兼任監督)
○斎藤隆(東北楽天ゴールデンイーグルス)
○大野豊(元広島東洋カープ)
○遠山獎志(元阪神タイガース)

【スタッフ編】
○伊原春樹(埼玉西武ライオンズ・監督)
○掛布雅之(阪神タイガース・GM付育成&打撃コーディネーター)
○伊勢孝夫(東京ヤクルトスワローズ・2軍チーフ打撃コーチ)
○北野明仁(元読売巨人軍・打撃投手)
○山口重幸(東京ヤクルトスワローズ・打撃投手兼スコアラー)

(光文社新書/定価:840円+税/二宮清純著)