福留孝介(カブス)が4年総額4800万ドル(約53億円)、黒田博樹(ドジャース)が3年総額3530万ドル(約39億円)――。今季も破格の条件で日本人トッププレーヤーが海を渡る。
 昨年は松坂大輔(レッドソックス)が5111万1111ドル11セント(約60億円)で西武からポスティング移籍をし、年俸とあわせて“1億ドルの男”と日米で注目を集めた。
 日本でいくら成功を収めたとはいえ、メジャーリーグで1度もプレーしたことのない人間に、なぜこれだけの莫大な資金をつぎ込むことができるのか。そこには日米球界の構造の違いがある。
 メジャーリーガーのパイオニア的存在である野茂英雄(ロイヤルズとマイナー契約)の代理人であり、伊良部秀輝(元ヤンキース)、吉井理人(元メッツ)のメジャー挑戦にも携わった団野村氏への取材を基に、その違いを明らかにしていきたい。

 MLB繁栄の一因は年俸の上昇

「僕はここ10年のメジャーリーグの発展は、選手の給料が上がったことが大きいとみています。それはメジャーリーグ選手会が団体交渉を通じて労使協定を結び、権利を勝ち取ってきた成果と言ってもいい。
 選手の年俸が上がれば、経営者は稼がなくてはいけない。それでテレビの放映権料やインターネットでの収益、グッズ販売などさまざまな収入源を開拓して、利益を上げようとした。
 現在メジャーリーグの総収入は約61億ドル(約6800億円)ですが、15年前は約12億ドル(約1300億円)でしたから」
 メジャーリーグ選手会公認代理人の団野村氏はメジャーリーグ繁栄の理由をこう説明する。

 昨季のメジャーリーガーの平均年俸は約282万ドル(約3億円)。日本プロ野球は3553万円(選手会調べ)と10倍近い開きがある。
 しかし、15年前のメジャーリーガーの平均年俸は100万ドル(約1億円)を超えた程度。当時の日本プロ野球の平均年俸が約1760万円だったことを考えれば、“格差”は確実に広がっている。メジャーリーガーの総年俸が毎年のように過去最高を更新している一方で、日本プロ野球は06年から平均で198万円も減った。

 選手の年俸が高騰しても、経営の圧迫要因にならないのは、メジャーリーグの収益が拡大しているからに他ならない。たとえばテレビの放映権料。メジャーリーグでは全米や海外向けの放送の放映権料は機構側が一括して管理し、各球団に分配している。
 一方で、ローカル局の放映権料はまるまる球団の懐に入る。そのため、球団によっては自分たちで放送局を保有し、放映権料のみならず、視聴料やCM放送によるスポンサー収入を得ているところもある。ヤンキースのYES、レッドソックスのNESNなどはその典型だ。

 崩壊した巨人頼みのビジネスモデル

「日本の球団フロントは視聴率が落ちたとか、経営がうまくいかないのを外部のせいにしている。その前に、自分たちが営業努力をどのくらいしているのかと問いたい。経営する気がないなら、身売りしたほうがマシですよ」
 団野村氏が指摘するように、これまでの日本、とりわけセ・リーグの球団経営は巨人にオンブに抱っこだった。セ・リーグの各球団は最盛期で1試合1億円ともいわれた巨人戦の放映権料をあてにし、赤字分は親会社が広告宣伝費として補填してきた。

 しかし10年前は20%を超えていた巨人戦の視聴率は年々、減少し、昨年の平均は9.8%(ビデオリサーチ社調べ、関東地区)。一昔前は全試合中継が当たり前だったが、昨年は地上波では144試合中74試合の放送にとどまった。巨人がリーグ優勝を決定した試合すら、中継をしなかった。巨人頼みのビジネスモデルは完全に崩壊したと言っていい。
 各球団は赤字経営に苦しみながら、有力選手の獲得には二ケタの億ともいわれる“裏金”を注いできた。そして申し合わせの上限(出来高含め1億5000万円)を超える多額の契約金を支払ってきた。昨年、発覚した裏金問題は日本球界のいびつな経営実態を浮き彫りにした。

 日本のアマ選手に触手を伸ばすMLB

「メジャーリーグのドラフトでは、当初は契約金がほとんどない時代もありました。しかし、選手側の力も大きくなり、経営者側も契約金を出すようになってきています。有力選手には億単位のお金が支払われていますね」
 メジャーリーグのドラフトでは、下位球団から順番に選手を指名する完全ウェーバー制を採用している。しかし“青田買い”が進んだ今、資金のない弱小球団は高額な契約金が予想される有力選手には手が出せない。そこで契約可能な選手を上位指名しているのが実状だ。

 現在、日米間ではドラフト指名が予想される選手を“青田買い”しないという紳士協定が結ばれている。しかし、メジャーリーグのスカウトは既に有望なアマチュア選手に触手を伸ばしている。

「ダルビッシュ有(北海道日本ハム)が東北高校で活躍しているとき、私はあるメジャーの球団から調査を依頼されました」。大洋・横浜で外国人スカウトをしていた牛込惟浩氏(メジャーリーグ・アナリスト)は以前、こう私に明かしたことがある。
 このオフも丸亀城西高の長身左腕、関口将平をブレーブスがマイナー契約で獲得した。早大で活躍中の斎藤佑樹も数球団が目をつけており、本人もメジャー志向が強いと言われる。
 近い将来、アマの有望選手に、メジャーリーグの各球団が多額の契約金を提示して、そのままかっさらっていく可能性は否定できない。

 MLBの国際戦略

「今、メジャーリーグは日本、韓国、台湾から選手をいっぱい獲得しています。メジャーリーグの場合、日本と違って、ドラフトで指名を受けなかった選手は、各球団が自由に獲ることができます。先に探して、先に契約したほうが勝ちというわけです。
 現在、メジャーリーグ機構は中国をてこ入れしていますよ。マリナーズなどで監督を務めたジム・ラフィーバーを代表監督として送り込んで、若い世代を育成している。10年後、20年後、すごい選手が出てくればいいと考えているのでしょう」

 メジャーリーグは60年代以降、度重なるエクスパンション(球団拡張)を実行してきた。60年は16だったチーム数は、69年には24になり、77年には26に増えた。90年代に入って、さらに球団が加わり、98年にタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)とアリゾナ・ダイヤモンドバックスの2球団が入って、現行の30チーム体制が続いている。
 球団が増えれば、その分、各球団は選手を確保する必要に迫られる。外国から優秀な人材を得ようとするのは必然の流れだ。古くはドミニカ共和国などのカリブ諸国から、そして近年では日本を初めとするアジア諸国へと、メジャーリーグの各チームはスカウト網を広げている。このように海外に目を向けることは、単に選手の獲得のみならず、新たなビジネスチャンスにもつながる。

「中国人選手がメジャーリーグで活躍して、人々がテレビ中継を見るようになれば、放映権料として莫大なお金が入る。グッズなども売れるでしょう。そういったメリットも考えて、メジャーリーグは種付けをしているんですよ」
 日本では「メジャーリーグへ選手流出を許すな」と“鎖国論”を主張する者はいるが、経済成長の著しいアジア諸国や資源マネーで潤うロシアに打って出て、マーケットを拡大しようという声は残念ながら内部から聞こえてこない。国際戦略と呼べるものはないに等しい。

「オーナー会議で“NHKのメジャーリーグ中継が多い”といった不満を漏らす一方で、今年は日本でのメジャーリーグ開幕戦開催を認めているわけでしょう。まったく理屈になっていません。
 本来なら、日本のプロ野球は中国、台湾、韓国と連携してメジャーリーグに対抗しうる組織をつくるべきでしょう。なんだかんだ言っても日本の野球はアジアの中で歴史も伝統もある。リーダーシップをとれば、各国も乗ってくるはずなんですが……」
 将来へのビジョンや国際戦略を描けないまま、日本はこのままメジャーリーグの植民地になってしまうのだろうか……。

<この原稿は講談社『本』08年3月号、4月号に掲載された内容を抜粋したものです>