身辺にカネや男女関係にまつわるスキャンダルを抱えていないか。これらに関する調査を政治の世界では“身体検査”と呼ぶが、比喩ではなく、権力の階段を昇ろうとする政治家は、自らが激務や孤独に耐えられるだけの身体と精神を有しているか、一度きちんと医者に診てもらったほうがいいのではないか。
というのは、安倍晋三前首相の身の退き方があまりにも情けなかったからである。
 先の参院選で自民党は歴史的大敗を喫した。首相は党首討論で「私と小沢さん、どちらが総理にふさわしいか、国民の考えをうかがう」と大見得を切りながら、総理の座に居座った。
 臨時国会初日の代議士会で同僚議員から批判を浴びた前首相の目はうつろで、涙さえうかべるありさま。それでもムキになって「改革を進めることで責任を果たす」と強がったが、その舌の根も乾かぬうちに辞任を表明し、病院に逃げ込んだ。代表質問前のドタキャンは、いわば「敵前逃亡」である。これのいったいどこが「闘う政治家」なのか。

 医師が下した病名は「機能性胃腸障害」だったが、メンタル面の不調が原因ではないかと見る専門家は少なくない。要するに「心の病」にかかっているというわけだ。そこらへんのサラリーマンならいざ知らず、一国の宰相がこんなにひ弱でいいのだろうか。

 情けないリーダーといえば、この御仁の名前もあげないわけにはいかない。日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)である。
 朝青龍問題では何のリーダーシップも発揮せず、よきにはからえの態度に終始していた。“暗愚のリーダー”が、ここぞとばかりに指揮権を発動したのが、自らの意にそぐわない言動をした評論家から取材証を取り上げることだったのだから、もう開いた口がふさがらない。

 事のあらましはこうだ。元NHKアナウンサーで東京相撲記者クラブ会友の杉山邦博氏が協会の女性職員から突然、IDカードを返却するよう求められたのだ。
 その理由が笑える。朝青龍問題をめぐってある民放番組に出演した杉山氏は、協会の対応を批判したコメンテーターの意見にうなずいた。その“うなずき”は協会批判にあたるとして北の湖理事長が激怒したというのである。
 
 ところが記者クラブから、「批判する相手のIDを取り上げるのは暴挙だ」と抗議を受けると、2日後にはIDパスを杉山氏に返却した。ある関係者はこう嘆いていた。「カッとなって(IDパスを)取り上げたところ、相撲協会に抗議電話が殺到した。さすがに本人も大人気ないと思ったのだろう。思慮の浅い理事長も理事長なら、それを諌められない取り巻きも取り巻き。まるで“裸の王様”です」
 安倍前首相と北の湖理事長に共通点がある。ともに守りが弱く、批判に耐えられないことだ。要するに、そもそもリーダーの器ではないということである。
 近年、リーダーの条件として「品格」を口にする識者が増えてきた。しかし、それ以前に「品質」を問うべきではないか。

 一国の宰相や国技の長がこの体たらくで、どうして国民にのみ「品格」を求められよう。鯛は頭から腐るというが、同様にこの国も頭(リーダー)から腐ってきているような気がしてならない。

<この原稿は「Financial Japan」2007年11月号『勝者の実学』に掲載されました>
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