物語の舞台は1942年、ウクライナの首都キエフ。まちはナチスドイツの占領下にあった。
 ヒトラーの唱えるアーリア人を最上とする「人種差別的優生学」においてはウクライナ人もユダヤ人同様「下等人種」であり、たとえフットボールの試合であろうともドイツ人がウクライナ人に敗れることは受け入れられない現実だった。
 当時、名門ディナモ・キエフの選手たちはパン工場で強制労働をさせられていた。
 ほとんど者が半飢餓の状態。ナチスドイツはこの「キエフの宝」をたたき潰すことでアーリア人の優位性を示すと同時にレジスタンスの芽も摘もうとしていた。

 しかし、結果は裏目に出た。キエフの選手たちは二試合続けてドイツ軍兵士のチームを破り、祖国の名誉とアスリートの尊厳を守ったのだ。
 勝てば自らの身に厄災が降りかかることを承知で。実際、ナチスドイツの報復により、4人の選手が銃殺されてしまう。

 感動的なシーンがある。試合前「ハイル・ヒトラー!」の宣誓を拒否した彼らは代わりにこう叫んだ。「フィッツカルト・ウラ!」それは「スポーツ万歳」という意味だった。千葉茂樹訳。

「ディナモ」(アンディ・ドゥーガン 著・晶文社・2100円)


 2冊目は「武士の逆襲」(菅野 覚明 著・講談社現代新書・760円)。武士道といえばブームを巻き起こした新渡戸稲造を思い出すが、本書はその常識を覆す。明治の知識人が作った武士道と本来の武士道とは似て非なるものなのだ。


 3冊目は「焼肉の文化史」(佐々木 道雄 著・明石書店・2800円)。BSE騒動が起きても焼肉離れは一時的なものだった。今や焼肉は国民食といっても過言ではない。その焼肉について私たちはどれだけのことを知っているのか。

<この原稿は2004年11月4日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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