6月25日に開幕したウィンブルドンも13日間の戦いを終え、男子シングルスのロジャー・フェデラー(スイス)の大会史上4人目となる5連覇で幕を閉じた。今回も壮絶な戦いが繰り広げられ、素晴らしい大会となった。
 2年連続となったフェデラーとラファエル・ナダル(スペイン)が激突した男子シングルス決勝戦。負けはしたものの精神的にも技術的にもナダルの著しい成長に王者は苦しめられた。そして昨年までのような力量差を感じさせない互角の戦いに、終始観客はエキサイトした。
 もしかしたら来年のウィンブルドンでは、新しい“芝の王者”が誕生するかもしれない……。表彰式では、そんな思いを胸に抱きながら高いパフォーマンスを見せてくれた2人に拍手を送っていた観客も少なくなかっただろう。それほどナダルのプレーは格段にレベルアップしていた。

 一方、女子シングルスではヴィーナス・ウィリアムズ(米国)が2年ぶり4回目の優勝を果たした。足の痛みをこらえて最後まで集中力と積極性を失わなかったのはさすがであった。

 今大会もファイナルに残ると思われていたジュスティーヌ・エナン(ベルギー)が準決勝でマリオン・バルトリ(フランス)に逆転負けを喫し、そのバルトリは決勝で手首と足の付け根を負傷していたヴィーナスに完敗した。
 エナンが頭一つ抜けていたと思われていた女子だが、今後は戦国時代に突入する可能性も否定できない。技術的な差はほとんど見られず、どの選手が勝ち上がるかを予想するのは至難の業だ。

 勝負の分かれ目はどこにあるのか。一つはミスをするか否かである。今大会でもランキングや実績に関係なく、ミスを最小限にとどめた方が勝者となった。
 ではミスを増やさないようにするには、どうすればいいのか。技術的なことはもちろんだが、ミスを引きずらない精神力の強さが不可欠だ。あるプロ野球選手の言葉を借りれば、「プロとは精神スポーツ」である。つまり、精神力の強さがそのまま結果として表れることが多分にしてある。

 一喜一憂しない精神力

 今大会、女子で精神的に最も成長が見られたのは、再び“芝の女王”に返り咲いたヴィーナスである。それを一番に感じられたのが、4回戦のマリア・シャラポワ(ロシア)戦だ。シャラポワが肩を負傷していたことで、サーブの威力、ボールの伸びなど、プレーでも圧倒していたヴィーナス。しかし、ヴィーナスがシャラポワに勝っていたのは、それだけではなかった。

 この試合、最も見応えあったのは第2セット、ゲームカウント1−1で迎えた第3ゲームだ。40−40で並ぶと、多いときには19回ものラリーが続き、一瞬たりとも気が抜けないポイントの奪い合いとなった。結局、シャラポワが8度目のゲームポイントを決めて22分30秒の長い戦いに終止符を打つ。シャラポワは顔を真っ赤にしながら叫び声を上げ、意気揚々とベンチに戻っていった。

 これでシャラポワに流れが傾くかと思われた。ところが 次の第4ゲーム、ヴィーナスは2本のサービスエースを決めて、いとも簡単に自分のサービスゲームをキープ。やっとの思いで自分のサービスゲームをキープしたシャラポワにとって、これ以上ショックなことはなかったはずである。つまり、シャラポワを有利にさせるかと思われた第3ゲームの死闘が、結果として2人の力量差を明確にさせてしまったのである。この試合の勝敗を決定づける印象的なシーンであった。

 技術的にも勝っていたヴィーナスだが、精神的にもシャラポワの一枚も二枚も上をいっていた。シャラポワはサーブやショットが決まるたびに「カモーン!!」と何度もシャウトし、ガッツポーズで自分を鼓舞していたのに対し、ヴィーナスは常に淡々としていた。サービスエースを決めても、長いラリーの末にポイントを取っても、ガッツポーズも興奮した様子もない。あるのは次のプレーに集中する姿だけだった。笑顔とガッツポーズを見せたのは、勝利を決めた時だけである。

 だが、一番驚いたのはミスをしたときのヴィーナスの冷静さであった。ミスをしてもほどんど動揺した様子は見られなかったのだ。
 一昔前までヴィーナスといえば、気性の激しさが特徴の一つだった。ミスを犯すと、一回一回天を仰ぎ見てため息をつき、腰に手を当てうつむく。それでもおさまりきらない時はシャウトして自分を叱咤(激励?)する。ブレイクされた時には、ベンチに戻るその表情からは明らかに落胆しているのが見てとれた。

 ところが、今大会のヴィーナスにはそういった荒々しさは全く見受けられなかった。ミスをしても、瞬間的に気持ちを切り替えられていた。これまで最も欠けていた自己コントロール力が彼女を支え、どんな状況でも集中力を切らせなかった。だからこそ、ミスを最小限にとどめ、負傷の身でも頂点を極めることができたのである。
 パワーと精神力を兼ね備えたヴィーナス。今度は 自国で7年ぶりの快挙を成し遂げることができるか。8月の全米オープンが楽しみだ。
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