「日本人は技術を改良するのは得意なんだけど、発想そのものを変えるのは苦手。残念ながら今回の水着騒動はその典型的な例だったような気がします」
 水着問題を取材していて、あるメーカーの技術者からそんな話を耳にした。
 周知のように、日本水泳連盟は新記録を連発する英スピード社製の水着「レーザー・レーサー(LR)」の北京五輪での着用を認めた。代表選手のほとんどが、この水着で五輪に臨むものと見られている。

 LRの特徴をひと言でいえば、着心地は悪いけど速い――。先のジャパンオープン200メートル平泳ぎの決勝で、それまでの記録を1秒近く縮める驚異の世界記録をたたき出した北島康介の次の発言が、LRのすべてを表している。
「自分の体に合っていないし、水着に水も入ってくるのに速い。水着は着やすさだけじゃないと勉強になった」
 北島が指摘するようにこれまで国内のメーカーは体にフィットするものを追求してきた。
 ところがスピード社製は着心地などお構いなし。なにしろ着るのに30分もかかるというシロモノだ。ビニールに詰められたソーセージのように締め付けられるため、海外ではレース後、倒れた選手もいたという。

 先の技術者は言う。
「要するに日本のメーカーが乗り心地のいい乗用車を作っていたとき、スピード社はF1用のクルマを作っていたんですよ。運転席なんてあればいい。あくまでもレース用の車なんだという発想。最初は“そんな製品を作ったところで一般化できないだろう”と思っていた。でも彼らは違った。最初から市場なんか見ていない。五輪で勝つことが最大のPRだと割り切っていた。技術力では負けないが、発想の転換という点では後れを取っていたかもしれません」
 こう結んだ。
「今回得た教訓、それは“常識を疑え”ってことです」

<この原稿は2008年7月5日号『週刊ダイヤモンド』に掲載されたものです>
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