北京五輪の閉会式でひときわ注目を集めたのがサッカー界のスーパースター、デビッド・ベッカムである。
 ベッカムは4年後に開催されるロンドン五輪を招致する際、英国のプレゼンターとして大活躍した。
 しかし、ロンドン五輪で我々がサッカーのルーツ国の姿を見ることはない。なぜなら、サッカーに英国代表は存在しないからだ。

 我々がイギリス(英国)と呼んでいる国の正式名称は「グレート・ブリテンおよび北アイルランド連合王国」。オリンピックでユニオンジャックを掲げる英国代表はGBRと表記される。
 だが、サッカーとなると話は別だ。イギリスにはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと4つの代表チームが存在する。英国4協会は「ホームネーションズ」として特権的な地位が与えられているのだ。もちろん4協会はそれぞれが単独で国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している。
 これには歴史的な説明が必要だろう。世界最古のサッカー協会は、1863年に産声をあけたTHE FA。イングランドのサッカーを統括する組織だ。続いて1875年にスコットランド協会、1876年にウェールズ協会、1880年にウェールズ協会が発足した。
 ちなみに世界のサッカーを統括するFIFAが創設されたのは1904年。FIFAが英国4協会の既得権を尊重するのはこうした歴史的な背景に依る。

 しかし、オリンピックとなるとそういうわけにはいかない。近代オリンピックでは「1カ国1代表」と定められている。いくらイングランド代表が強くても、単独で五輪に出場することはできないのだ。
 それでも五輪史を調べると1900年前半は「英国代表」を結成して五輪に出場している。1900年のパリ大会、1908年のロンドン大会、1912年のストックホルム大会では金メダルを獲得している。4協会の間で話し合いがついたのだろう。
 だが、1960年以降、英国代表が結成されたことは一度もない。イギリス国民はサッカーは大好きだが、オリンピックでのサッカーにはあまり興味がないようだ。

 オリンピックどころかワールドカップに対する関心も当初は薄かった。ホームネーションとしてのプライドもあったのだろう。第1回大会から第3回大会まで、「はなから世界一は自分達に決まっている」と主張し、英国4協会はどこも出場していない。
 
 話を五輪サッカーに戻そう。ここにきて英国代表結成の話が持ち上がっている。
 発信源は英国4協会の中で最も大きな力を持つイングランド協会だ。
「サッカー発祥国として英国代表の出場を望む。これにより4協会のアイデンティティが損なわれることはない」
 この発言を最も喜んでいるのはIOC(国際オリンピック委員会)だろう。
 言うまでもなく、英国最大の人気スポーツはサッカーだ。開催国のチームが出場するのとしないのとでは、盛り上がりに大きな差が出る。英国代表が出場するとなれば、巨額の放映権料を見込むこともできる。ベッカムがオーバーエイジ枠で出場するようなことがあれば、なおさらだ。

 しかし、現実的には難しい。仮に英国代表を結成した場合、主力のほとんどはイングランド代表で固められることになるだろう。それゆえイングランド協会が前向きになるのはわかる。五輪開催地のロンドンもイングランドだ。

 さて、他の3協会は……。以下のコメントからもわかるように、こちらは気乗り薄。
「(英国代表に)魅力を感じない」(スコットランド)
「4協会で代表決定戦をやった方がいい」(ウェールズ)
「結局(英国代表を結成したところで、イングランド代表に)偏ったチーム編成になる」(北アイルランド)
 英国代表はいわばイングランド代表の別称、自分たちには何のメリットもないと、他の3協会は考えているようだ。

 交渉をまとめる鉄則は、最も力を持つ組織が下手に出ることである。
 イングランド協会が本気で英国代表を結成したいと考えているのなら、たとえば4協会に平等に出場選手を振り分けるとか収入を公平に分配するといった妥協案を示す必要がある。
 もっとも、英国の国民の多くが英国代表の結成を望んでいなければ、せっかくの計画も絵に描いたモチに終わってしまう。

(この原稿は『週刊漫画ゴラク』08年9月26日号に掲載されました)

◎バックナンバーはこちらから