あのマラドーナが戻ってくる。アルフィオ・バシーレの辞任に伴い、アルゼンチン代表監督にディエゴ・マラドーナが就任することになった。「86年(メキシコW杯)の時のようなアルゼンチン代表をつくりたい」。マラドーナはこう抱負を述べた。

 86年のメキシコW杯は「マラドーナのマラドーナによるマラドーナのための大会」だった。その象徴とでも呼べる試合が準々決勝でのイングランド戦。6月22日、アステカスタジアム。

 後半6分、“神の手”で先制ゴールを奪ったマラドーナは、その3分後、リード、スチーブンス、ブッチャー、フェンウィック、そしてシルトンとGKを含む5人をドリブルで抜き去り、左足でゴールに流し込んだ。これが世にいう“伝説の5人抜き”である。

 マラドーナの素晴らしさは、どんな表現を用いても伝え切ることはできない。しかし、とも思う。もし相手がイングランドではなくブラジルやイタリアであったなら、伝説は誕生していなかったのではないか。

 イングランドのプレーヤーたちは、どこまでも男らしかった。複数で囲むことも、足を引っかけたりすることもなかった。単騎で勝負に挑み、スルリとかわされたものの、彼らはマンリーネス(男らしさ)の精神に最後まで忠実だった。

 時代劇において斬り役が光るためには、斬られ役が魅力的でなければならない。時間がたてば脇役の物語はどんどん風化していく。イングランドの武骨なプレーヤーたちのことも少しは記憶にとどめておきたい。


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