二宮: 上治専務は統括リーダーとして、今回の北京大会が夏冬合わせて11回目の五輪だとうかがいました。現地でご覧になられて今回の率直な印象は?
上治: プロパガンダ色の強い五輪という感覚がしました。今回のスローガンは「One World One Dream」でしたが、当初は「One China」というコンセプトが加わっていたそうです。それはチベット、台湾はもちろん、香港やマカオも統合しての「One China」という意味だったのですが、結局はチベット問題が噴出し、思うようにはいかなかったのが実情でしたね。

 教育されていた中国のボランティア

二宮: 大会期間中、北京市内でのデモは全くと言っていいほど認められなかったそうです。都合が悪いことを表沙汰にしたくないという当局の意図が見て取れました。
上治: 大会前から北京に滞在していたのですが、開幕の2日前頃から会場のボランティアが何を聞いても答えなくなりました。一種のかん口令が敷かれていたのでしょう。これは私のみならず、メディア関係者も含めて全員、同じ目に遭ったようです。それまでは普通にあれこれ話ができていたのに……。

二宮: 私は女子マラソンを取材していて、土佐礼子選手の途中棄権の場面に遭遇しました。ところが目の前で苦しそうに顔をゆがめている土佐選手を見ても、ボランティアは全く助けを呼ぼうとしない。決められた任務以外はできないように指示を受けているのではと思ってしまいました。
上治: ただ、与えられた仕事に関しては個々のボランティアはきちっとこなしていましたよ。バルセロナ五輪の時は、我々がボランティア教育も担当しましたが、初めて3日もしたら、ほとんどのボランティアが来なくなってしまいました。あれはイヤ、これはイヤと文句を言ったり、ボランティアのウェアだけもらって帰るような人間もいましたね(笑)。その点、今回のボランティアはしっかり教育されていた。

二宮: 五輪の抱える課題は大きく分けて2つあると思います。ひとつは政治とのかかわり。次回のロンドンはともかく、2014年冬季五輪開催地のソチなど、カントリーリスクの高い場所で開催が決まっている。国際情勢によっては、五輪に大きな影響が出る可能性があります。
上治: IOCは冷戦時代、国連の一組織になることが検討されていました。ユネスコが主体となっての五輪開催が模索されたこともあるんです。それは国連という政治的な後ろ盾が必要だったから。結局、「政治と宗教は五輪には持ち込まない」というキレイ事は通用しません。現実には政治抜きで五輪は開催できませんよ。IOCが立候補に際して「五輪憲章を遵守する」との覚書を政府に求めるようになったのも、その表れでしょう。

 理想はコンパクトな五輪

二宮: もうひとつは商業主義の行き詰まり。現在、米国の金融不安に端を発した世界的なデプレッション(恐慌)が懸念されています。これが今後の五輪に大きく影を落とさないとも限らない。
上治: 1972年のミュンヘン大会、1976年のモントリオール大会のあたりのIOC(国際オリンピック委員会)の金庫はほぼ空っぽでした。80年のモスクワ五輪後、アントニオ・サマランチ氏が会長に就任し、ロサンゼルス五輪から商業化への道を歩み始めると、今度はIOCに莫大なお金が入ってくるようになった。このシステムが良かったかどうかは歴史が判断することとはいえ、現時点では誰もが五輪の強大の力を認めざるを得ない。バルセロナ五輪だって、あと20年かかるといわれたインフラ整備をわずか数年でやってしまったくらいですから。
 各競技団体にはIOCからの分配金を大いにあてにしているところが多く存在します。たとえばISF(国際ソフトボール協会)などは収入の90%くらいを分配金が占めている。大きな国際大会をスポンサードしてきたAIGが経営危機に陥ったように、今の経済状況ではいつ大口スポンサーがなくなってしまうか分からないでしょう。自らマーケティング戦略を打てない競技団体は苦しくなるかもしれません。

二宮: ジャック・ロゲ会長は2001年の就任以来、五輪の肥大化を抑制する方針を示していますが、現状は?
上治: 基本的には人口1000万人以上の都市ではなく、200万、300万人の街でも開催可能な五輪を目指しています。そのためには、まず選手数は10500人以下に抑えなくてはいけない。結局、今回の北京五輪も参加選手は約15000人、メディア関係者も延べ20万人と大掛かりな形になってしまった。選手を1万人程度、メディア関係者も延べ8万人程度に削ることができれば、人口が数百万人の都市でも開催できるというのがIOCの試算です。ただ、現状ではいろいろな兼ね合いがあって、なかなか縮小の方向には向かっていません。

二宮: 今回限りで野球やソフトボールが正式競技から外れたのは、五輪の小規模化の方針に沿ったものでしょう。世界的に普及していないし、ルールも他の競技に比べればわかりにくい。ところが、ロゲ会長は五輪期間中、「メジャーリーガーの参加が野球復活の条件」とも語っている。放映権料などで莫大な収入が得られれば、という姿勢が見え隠れしています。少し矛盾していますよね。
上治: サッカーが五輪にオーバーエージ枠を導入したのも、世界的に人気のあるサッカーを五輪競技に入れておきたいIOCと、世界最高峰の国際大会がワールドカップであることは譲れないFIFAとの妥協の産物です。五輪憲章からアマチュア規定を削除し、各競技をオープン化したのは、五輪の価値を高めるため。それだけ五輪がお金抜きでは開催できない巨大イベントになっているということですよ。

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