評論家の堺屋太一によれば、世襲の国会議員は米国では10パーセント台だが、日本では30パーセント、自民党に限ると50パーセント近くになるという。ちなみに麻生内閣の世襲率は61パーセントだ。

 総理大臣も3代続けて世襲だ。現首相の麻生太郎はいわずと知れた吉田茂元首相の孫。政権を放り出した福田康夫は福田赳夫元首相の長男。その前の安倍晋三は岸信介元首相の孫だ。次男に地盤を譲ると表明した小泉純一郎も父、祖父ともに閣僚という政治家一家の出身だ。政治家という「公職」が「家業」になっている点に、この国の政治の貧困が見える。

「2世エリートって、オレの一番嫌いなパターン。何か特別な感情がありますね。チクショーという(笑)」。腹ではそう思っていても、なかなか自分からは言い出せない。だが、この青年は違う。それだけでも新鮮だった。

 武藤英紀、26歳。米国最高峰の自動車レース「インディカー・シリーズ」に今季初めてフル参戦し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。8戦目のアイオワコーンインディ250では2位に入った。今、最も日本人で期待されるレーシングドライバーのひとりと言っても過言ではない。
 自動車レースも2世エリートが全盛だ。チームメイトのマルコ・アンドレッティは往年の名ドライバー、マリオ・アンドレッティの孫。父マイケルもインディで名を売った。F1に目を向けるとニコ・ロズベルグ、ネルソン・ピケ・ジュニア、中嶋一貴らが2世ドライバーとして活躍している。
 カーレースの世界はカネがかかる。知名度や資金力のある2世エリートが雑草よりスタート時点で有利なのは自明だ。

 武藤の実家は東京・築地の魚河岸。レーシングドライバーになるため中学卒業と同時に渡英。自らサーキット場に出向き「オレを使ってくれ」と下手クソな英語で交渉しながら一段ずつ階段を上ってきた。「あんな生活、今になってもう1回やれと言われてもできない」。絵に描いたような叩き上げの人生だ。
 4代目として老舗の魚河岸を継いでいたら、何不自由ない生活が約束されていた。しかし彼には止むに止まれぬ思いがあった。最速への夢――。こういう若者が好きだ。こういう日本人が好きだ。09年シーズンは来年4月、フロリダで開幕する。(文中敬称略)

<この原稿は08年12月3日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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