ひとつの世界に長い間どっぷり漬かっていると、どうしても視野が狭くなる。その弊害を取り除き、活力の創出や双方の相乗効果を狙って始めたのが、企業間の「異業種交流」である。最近では銀行の総合研究所やコンサルティング会社が仲介となり、新規事業の立ち上げや新商品の開発に一役買っている。
 これはスポーツの世界においても言えることだが、総じてこの国の組織はタテのつながりは強固でラインもそれなりに機能しているが、ヨコのつながりは脆弱で、人間関係も希薄だ。ヨコのつながりといっても同業や同窓のパイプが主で、それ以外の広がりに欠けると言われている。

 来季から欧州でのプレーを希望しているハンドボールの宮大輔(大崎電気)は「異業種交流」に最も成功したトップアスリートと言えるのではないか。

 たとえばシュートの際のフェイント。これはボクシングのWBC世界フライ級王者・内藤大助から習得したものだ。宮の話。「ある番組で内藤さんとスパーリングする機会を頂いた。内藤さんは僕より小柄なのですが、フットワークが速い。構えていると、一瞬、バーンと視界から消える。要するにフッと態勢を低くして、目の前からいなくなるんです。すると素人の僕は相手に合わせて体を下げる前に、思わず腕だけ下げてしまう。その瞬間にパンチが飛んでくる。“これはハンドボールにも使える”。僕はそう直感しました。シュートを打つ時に相手のディフェンスはガードしようと手を広げて立ちふさがりますよね。そこで一瞬、グッと体勢を低くしたら、相手は絶対に手を下げる。そこを狙ってズバーンとシュートを打てばいい」。実際、デンマークでこの“内藤フェイント”を試したところ、面白いように決まったという。ヒントはどこにでも転がっているものだ。

 他にもある。宮はハンドボールの選手には珍しく両足で踏み切ってシュートを打つが、これはバレーボールの選手から教わった。コンタクトのテクニックはアメリカン・フットボールから仕入れた。宮本武蔵ではないが、「我以外、皆我師」だ。それを宮は日本を代表するアスリートになった今も実践している。かくなる上は欧州のコートで「異業種交流」の成果をぜひ見せてほしい。

<この原稿は09年4月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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