4月29日に史上5人目となる監督通算1500勝を達成した野村克也が指揮を執ったゲームの中でも、とりわけ印象深いのが1997年の開幕ゲームだ。当時、野村はヤクルトで指揮を執っていた。

 開幕ゲームの相手は巨人。前年、リーグを制覇した巨人は西武から清原和博を獲得するなど30億円を超える補強を行なった。開幕前の予想では、巨人の優勝を疑う評論家はいなかった。

「巨人との開幕ゲーム、ウチとしては135分の1ではなく、135分の135の戦いを仕掛けますよ」。野村は不気味な宣戦布告を行なった。予想される開幕投手・斎藤雅樹の弱点を徹底して調べにかかったのだ。

 その結果、野村はあることに気がついた。斎藤は左の強打者に対し、ワンスリーのカウントになると「ヒュッと外から入ってくるカーブ」を投げるのだ。

 謎解きをしよう。強打者の心理として、ワンスリーほど有利なカウントはない。きわどいコースはたとえストライクでも見逃せばいい。必然的に待ち球は甘いストレート系のボールということになる。有利なカウントでは、どうしても一発を欲しくなるのが打者心理というものだ。

 これまで斎藤は、それを逆手にとって巧みにカウントを整えていた。ツースリーにさえしておけば、あとはボール球でもバッターは振ってくれる。すなわち「ワンスリーからのカーブを狙え」との野村の指示は秘策という名の毒針だったのである。

 さて野村は打倒・斎藤の刺客にひとりの左打者を指名した。広島からトレードでやってきたばかりのベテラン小早川毅彦だった……。

(後編につづく)
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