1999年6月1日の開設以来、当サイトでは膨大な量のインタビュー記事、コラムを更新してきました。今回はサイト10周年を記念して1カ月間、過去の傑作や貴重な内容のものをセレクトし、復刻版として毎日お届けしています。記事内容は基本的に当時のままを掲載しており、現在は名称や所属が異なる場合もありますが、ご了承ください。第2弾は99年に福岡ダイエーを初の日本一に導いた王貞治監督へのインタビュー(実施は97年)をお送りします。
 自分の限界を作るな!

二宮: 先日、吉永幸一郎選手と話をしたら「今年、王監督の一言で新しい境地が開けた」と言っていました。「ファウルにしてもよいから、ボールを前でとらえなさい」とおっしゃったそうですね。吉永選手は「そうか、それでもいいのか。それまでボールを引きつけて、左中間へ打つのが左バッターだと思っていたんです」と、その一言で楽になったそうです。
:   僕はね、バッターとしての許容範囲を広げていくことを常に選手に考えて欲しいと思っているんです。どんな速い球でもライトポールよりも30メートル以上も右へ飛ばせるような態勢をつくっておくべきなんです。その上で、レフトへ飛んだとしても、それは構わない。
 今のバッターはセンター返しが多すぎるんです。それだとセンター方向の打球ばかりになってしまうんです。絶対にどんなに速い球が来ても弾き返せるという自信が必要なんです。速い球を打つのがバッターの基本です。今はその基本がズレています。

二宮: 基本はとにかく速い球なんですね。
:   そうです。速い球に遅れないでバットが出せるというのが基本ですよ。速い球が打てるうちは、45歳になろうが、いくつになってもプロでやっていけます。落合博満なんか、今年、インコースの速い球が打てないですよね。

二宮: 本当に打てないですね。
:   2割8分とまあまあの成績ですけど、ファンが期待する数字には程遠い。

二宮: ホームランも3本くらいですね。
:   許容範囲を広げる努力を落合が怠っているとは思いませんけど、昔は打てていたコースが打てなくなっているのは事実です。許容範囲が狭まってきたんですね。

二宮: 今年の吉永選手の打球を見ると、確かに昨年とは見違えるような打球が飛んでいますよね。監督の一言でこんなにも変わるものなのかな、と感心したんです。
:   吉永の練習を見ていたら、冗談抜きで30本、40本打って当たり前のバッティングをするんですよ。でも試合では打てない。はっきり言って、我々の仕事は練習でいくら良くても、試合で結果を出さないと意味がないんです。

二宮: おっしゃる通りです。
:   そうでしょう。ピッチャーが打たせまいと思って投げてくる球を打って初めて価値があるんですよ。本番で力が出せるかどうかは気持ちの持ち方ひとつなんです。
 僕も現役時代、まっすぐをうまく打てなかったときがありました。そのときは決まって迷いがあるときでした。それではいけないと思い、「どんなピッチャーが出てきても、俺のバッティングはこうなんだ。どんな速い球が来ても打てるんだ」と気持ちを切り替えたんです。そうしたらボールも良く見えるし、ストライクゾーンもしっかり判断がつくようになったんです。結果、速い球が打てるようになりました。
 吉永にも、打席での気持ちの持ち方の話は随分してきました。今年、やっとその意味が分かったんじゃないんでしょうかね。

二宮: みたいですね。
:   自分のスタイルが見つかったんですよ。この世界は、コツをつかんだもの勝ちですから。
 レギュラーではない選手のなかには、半分諦めかけているヤツもいるんですよ。キャッチャーは城島がいるから、自分はもうダメだとかって。でも、いつ出番がくるか分からないから、準備をしておく必要があるという話をするんです。自分の出番はないと思い込んで、準備をしていないのはダメですね。
 プロ野球の世界は、ファンの皆さんが想像しているような華やかな世界じゃないんですよ。厳しい世界です。そのなかで生き残っていくためには、自分の実力を過信するのも良くないですが、自分で限界をつくってしまうのも良くないです。常に許容範囲を広くして野球に取り組む精神が大事です。

 日本の打者は準備不足

二宮: 3年前、城島健司が入団しましたね。大物新人ですから、チームに対する影響も大きかったんじゃないですか?
:   選手に危機感が生まれましたよね。それまでもなかったわけではないんです。でも城島が入ることで、それがより顕著になりましたね。ストレートに選手がライバル心を表に出すようになりました。結果、戦力アップにつながった気がします。
 だから今年、ダイエーが勝てないというのは、戦力がないからではなく、持っている力を発揮できないでいると考えた方が正しい、と思っています。

二宮: 城島選手の良いところは、どんな球が来ても逃げない所ですよね。左肩からガーンとピッチャーに向かっていきますね。逃げて、体が開いてしまう清原和博と比べると勇気を感じます。
:   反面、どんな球でも打とうとするあまり、ボール球に手を出してしまう欠点はあります。でも積極性ってプロ野球選手には絶対必要なもの。城島はそれを持っています。
 あのピッチャーに向かって行く姿勢はファンからすると、打てなくても胸がときめくんじゃないですか。バットとボールがこんなに離れている三振でも、思いっきり振ったということで、ファンは納得するんでしょうね。
 バッターが一番ダメなのは、見逃し三振。良い球が3球きているのに、3球とも見逃したりしたら、「なにやってるんだ」ってファンは怒るよね。

二宮: 感情表現も豊かですよね。
:   そうですね。ワーと来れば、ワーと返すみたいな。ファンにとっては一番気になる存在ですよね。

二宮: プロらしいプロと言えます。
:   そう。プロ意識がものすごくありますね。

二宮: 本当に勇気を感じますからね。
:   やはり、バッターがボールを怖がったらダメですね。魅力を感じません。
 ただ、城島の場合、向かっていく気持ちが強すぎる時があります。インコースを狙った球が抜けて、顔のあたりにくることがありますよね。「ピッチャーがわざと狙った」と言ってすぐに乱闘騒ぎにするんですよ。プロだったら「そんな球、来て当たり前」と思うくらいでないといけない。
 ブラッシュボールをどう避けて、どう平然と打つかでバッターとしての真価が問われます。その技術をどうしたら身に付けることができるのかを城島に考えて欲しいですね。自分のためなんですよ。ピッチャーが拍子抜けするくらい、楽々と避けたら、もうそこには来なくなります。大げさに避けたり、怒ったりするから、「コイツ恐がりだな、しめしめ」となって、ピッチャーはますます同じところに投げるわけです。

二宮: なるほど。
:   メジャーリーグのハンク・アーロンなんかの話を聞くと、3割はインコースの球だったそうですね。

二宮: ああ、そうですね。
:   彼なんかは避ける準備もしながら、なおかつ打ちにいく。日本の選手は避ける準備ができていないんです。危ない球が来たら、「思いもよらない球」という程度の意識なんです。「それも野球のうち」と思わないといかんですよ。

二宮: 観客を感動させるのも楽じゃないですね。
:   普通の神経じゃできないですね。頭にボールが来ても向かっていく時の野球選手って人間じゃないですね。だから逃げないでいられるんでしょうけど。

(後編につづく)

<この記事は1997年9月に行われたインタビューを構成し、99年11月に掲載されたものです>
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