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ドイツW杯、二宮清純’s eye 最終回「求めるべきは“個”と“組織”のシナジー」<2006年7月>

サイト10周年スペシャルコラム

 小泉政権の幕引きにあたり、「格差社会」を負の遺産の最たるものだと指摘し、任期中の5年間を全否定するような物言いをする識者が、このところ増えてきた。果たして、そうだろうか。小泉が火中の栗を拾うがごとく
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ドイツW杯、二宮清純’s eye 第2回「養殖のハマチより飢えたシャチを」<2006年6月>

サイト10周年スペシャルコラム

 「球戯」の伝道師、メッシ 〜オランダ−アルゼンチン〜 明治期にボールゲームが外国から“輸入”された時、日本人は「球技」と名付けた。残念ながらそれは誤りではなかったか。独断だが「球戯」とするべきだった
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ドイツW杯、二宮清純’s eye 第1回「柳沢よ、下を向くのはやめてくれ」<2006年6月>

サイト10周年スペシャルコラム

 1999年6月1日の開設以来、当サイトでは膨大な量のインタビュー記事、コラムを更新してきました。今回はサイト10周年を記念して1カ月間、過去の傑作や貴重な内容のものをセレクトし、復刻版として毎日お届
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アテネ五輪、二宮清純の“視点” 最終回「北京への宣戦布告」<2004年8月>

サイト10周年スペシャルコラム

 デュエットの立花・武田組の銀メダルで、日本はシンクロナイズドスイミングでロサンゼルスからアテネまで、6大会連続のメダルを奪取した。チームでも指揮を執る井村雅代ヘッドコーチ(54)は、ほとばしる情熱と
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アテネ五輪、二宮清純の“視点” 第3回「神話の国で崩壊した“最強・康生伝説”」<2004年8月>

サイト10周年スペシャルコラム

 柔道家にとって天井を見上げることほど屈辱なことはない。しかも同じ日に2度も。視線が行き場を失ってしまうほど王者のプライドは完膚なきまでに打ち砕かれた。これまで世界選手権、五輪合わせ24戦全勝。そのう
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アテネ五輪、二宮清純の“視点” 第2回「谷連覇、野村V3 ニッポン柔道“最強神話”」<2004年8月>

サイト10周年スペシャルコラム

 輪ゴムで巻いたチョンマゲが畳の上で躍動した。フットワークが切れている証拠だ。決勝の相手はフランスのジョシネ。後半、ちょっとよろける場面があったが、左足首の負傷をまるで感じさせない。開始早々、大外刈り
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サイト10周年スペシャルコラム

アテネ五輪、二宮清純の“視点” 第1回「4年に1度の真夏の夢は人間が神に近づく儀式」<2004年8月>

サイト10周年スペシャルコラム

 1999年6月1日の開設以来、当サイトでは膨大な量のインタビュー記事、コラムを更新してきました。今回はサイト10周年を記念して1カ月間、過去の傑作や貴重な内容のものをセレクトし、復刻版として毎日お届
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青春のリング 〜元日本バンタム級王者・小林智昭の28年〜(最終回)<2003年4月>

サイト10周年スペシャルコラム

 小林智昭は皮ジャンにジーンズというラフな出で立ちで現れた。皮ジャンの中にはオレンジ色のポロシャツを着込んでいた。そういえば高橋ナオト戦のトランクスの色もオレンジだった。 番狂わせともいえる勝利を収め
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青春のリング 〜元日本バンタム級王者・小林智昭の28年〜(第2回)<2003年3月>

サイト10周年スペシャルコラム

 ボクシングのバンタム級は軽量級の中でももっとも権威と伝統のあるクラスである。これまで日本からは48人の世界チャンピオンを輩出しているが、このクラスで戴冠を果たしたのは、ファイティング原田、六車卓也、
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サイト10周年スペシャルコラム

青春のリング 〜元日本バンタム級王者・小林智昭の28年〜(第1回)<2003年2月>

サイト10周年スペシャルコラム

 新潟県との県境に近い長野県飯山市。 その日は朝から、火鉢の灰をひっくり返したような大雪が降り続いていた。こんな日に店を開けても、客が来るわけがない。街中で小さなスナックを営む小林ちづ子は迷った挙句、
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