データが真実の断片を浮き彫りにすることは確かにある。だが、それは決して真実の全体像ではない。
 海の向こうから続々と野球に関する指標が押し寄せている。金融工学なるものを生み出し、それに自らが踊り、結果として「100年に1度の経済危機」の引き金を引いた国の発明品を何の疑いもなく取り入れる方もどうかとは思うが、とりあえず色眼鏡をかけずに客観的に検証してみたい。
 まずはQS(クオリティ・スタート)。これはスターターが6イニング以上を投げ、3自責点以内に抑えた時に記録される。米国のスポーツライター、ジョン・ロウが考案したものと言われている。
 メジャーリーグにおいて基本的にスターターの責任イニングは6回である。3自責点以内に抑えれば、それは「グッドジョブ」だ。スターターの安定度を測る指標としてQSは一定の説得力を持つ。
 だが、データはどこまでいってもデータだ。たとえばスターターが7回まで自責点1に抑えていたとしよう。本来なら“お役御免”の場面だが、球数が少なく、リリーフ陣に不安があるため、次の8回のマウンドも任されることになった。そこで安打と四球で走者を3人出し、リリーフ投手が満塁ホームランを浴びてしまう。この時点でスターターの自責点は合わせて4だ。この場合、QSはカウントされない。つまりこの指標は長いイニングを投げる投手には不利と考えられる。

 WHIPという指標もある。日本語に直訳すれば「投球回あたりの与四球と被安打数の合計」。ひらたく言えば投手の与四球と被安打の合計を投球回数で割った数字だ。これにより、その投手が1イニングあたりでどれくらいの走者を許したかがわかる。
 確かにこの指標もQS同様、投手の安定度を測る上でひとつの目安とはなる。だが、中には塁上に走者を置いてから無類の勝負強さを発揮する投手もいる。現役時代の野茂英雄がそうだった。今ならマー君(田中将大)がこのタイプか。こうした要所要所を締める危機対応能力はこの指標には反映されない。

 どうも日本人は「科学的データ」と聞くと何の検証もせずに、すぐに受け入れてしまう傾向が強い。データはあくまでも参考資料であって信仰の対象にすべきものではない。読み解くべきはデータの“行間”である。

<この原稿は09年7月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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