来季からスペインでプレーするのはエスパニョールと契約したサッカーの中村俊輔だけではない。ハンドボールの宮崎大輔もスペインでプレーする。移籍先はアルコベンダス。昨季は1部リーグ16チーム中14位だった。
 身長190センチ以上の選手がゴロゴロいるスペインで、173センチの日本人が居場所を見つけるのは至難の業だ。先頃、ヒザを交えて話す機会があった。以前にも書いたが、宮崎は四六時中、ハンドボールのことばかり考えている。

「この前も映画を見ていてヒントをつかんだんです」。宮崎は切り出した。「どんな映画?」。ニヤッと笑って答えた。「スパイダーマンです!」。「スパイダーマン?」。身振り手振りを交えながら、彼は続けた。「スパイダーマンって低い姿勢からいきなり飛び上がるでしょう。あの動きに惚れたんです。早くあの動きをマスターしたくて、今は低い姿勢で構えるレスリングの動きを真似たりしています。他にもヒーローものとしてはスーパーマンがクルクルクルコンと回転しながら変身するでしょう。僕らもシュートの時には回転するんですが、スーパーマンのように回転前と後での変化をつけたい。これをマスターすればGKにとっては脅威だと思うんです。スペインのDFは190センチ台がザラという話ですが、逆に小柄な僕の動きはGKからは見えにくい。DFが大きければ、邪魔になってもっと見えにくいでしょう。そこに活路があると思っています」

 彼の話を聞いていて、ひとりの名ボクサーを思い出した。日本で初めて重量級の世界王者となった“炎の男”輪島功一だ。輪島は短いリーチを補うため、深く沈み込み、その動きに驚いた相手に対し、伸び上がるようにブローを叩き込んだ。世にいう“カエル跳び”である。このエキセントリックな技でペースを握り、イタリアのカルメロ・ボッシから王座を奪ったのである。

 輪島は言った。「ボクシングの世界に“リングに隠れ場所はない”という言葉があるでしょう。あれはウソ。頭を使えばいくらでも隠れる場所はあるの。つまり相手の裏をかけばいいのよ。視覚ではなく、意識の裏をね」。カエル跳びとスパイダーマン。私の脳裡のスクリーンで2つの映像が重なった。宮崎は情熱の国で“炎の男”になれるのか。

<この原稿は09年7月8日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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