ボクサーにとって最大のハンディキャップはリーチの短さである。長い槍と短い槍を持った人間が戦ったら、どちらが勝つか。余程のヘマをしない限り、前者が勝つだろう。それと同じ理屈である。

 日本のボクシング界で初めて重量級(ジュニアミドル級=現スーパーウェルター級)を制した輪島功一はリーチが短い上に、日本人には不利な階級、年齢と3つのハンディキャップがあった。さらにいえば彼にはアマチュア経験もなかった。

 そんな輪島だが、新人王、日本タイトルと着実に階段を上がり、ついには世界王座挑戦の権利を得る。相手はイタリアのカルメロ・ボッシ。ローマ五輪の銀メダリストで、スタイリッシュなボクシングを売り物にしていた。

「100にひとつも勝つ可能性はない」。リングサイドの声は冷ややかなものだった。

 しかし、輪島には勝算があった。正攻法では勝てっこない。ならば奇襲を仕掛けるか……。それは短いリーチを最大限生かすというものだった。

 ハンディキャップをアドバンテージに。輪島はひとりで黙々と技を磨いた。それはボクシング界の常識を覆す奇想天外な技だった……。

※このコーナーでは各スポーツの栄光の裏にどんな綿密な計画、作戦があったのかを二宮清純が迫ります。全編書き下ろしで毎週金曜日にお届けします。



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