ワールドカップ南アフリカ大会出場を決めた後の試合だけに、「何が何でも」という気持ちになるのは難しかったのかもしれない。
 6月10日、ホームでのカタール戦は凡庸なゲームだった。前半2分、いきなり敵のオウンゴールで先制したものの、後半8分、PKで追い付かれ、そのまま1対1で引き分けた。

 ワールドカップ出場を決めた4日前のアウェーでのウズベキスタン戦で退席処分となり、スタンドから戦況を見守った岡田武史監督は、開口一番「ホームに戻ってきて、いい試合をお見せしたかったのですが、選手を生かしてやることができませんでした。本当に申し訳ありませんでした」と6万人の観衆の前で謝罪した。
 記者会見でも岡田監督の表情は晴れなかった。
「非常に悔しい気持ちでいっぱいです。こういう試合を今後どう生かすかが一番大切なことだと思っています。
 この悔しさを忘れずに次のオーストラリア戦、相手もいいメンバーでくるようなので、いい試合をして勝ちたいと思っています」

 周知のように岡田監督は南アフリカ大会での目標を「ベスト4」に置いている。「世界を驚かせる」というのが口ぐせだ。
 既視感がある。ドイツW杯でも日本代表元監督のジーコは目標をベスト4に置き、同じように世界を驚かせると言った。
 だが現実は1分け2敗、勝ち点1でグループリーグ敗退。ベスト4は夢のまた夢だった。
 日本は98年フランスW杯から3大会連続で本大会に出場している。今回の南アフリカ大会で4大会連続だ。
 ワールドカップに3大会連続で出場したことで、日本に対する海外からの評価もほぼ定まってきた。大雑把に言えば、日本のサッカーは非常に組織的で、戦略、戦術もしっかりしている。

 課題は決定力不足。ワールドクラスのFWがいないというものだ。
 こうした評価を裏付けるデータがある。日本のFWは過去3大会で、わずか3点しか取っていないのだ(フランス大会・中山雅史、日韓大会・鈴木隆行、ドイツ大会・玉田圭司)。ご丁寧にも1大会1点ずつなのである。
 これでは、どれだけ戦術や戦略がしっかりしていようが、中盤にタレントが揃っていようが世界では戦えない。「いい試合だったけどなぁ……」の繰り返しである。
 こう書くと、決まって次のような反論が返ってくる。
「じゃあ、急にワールドクラスのストライカーがこの国から生まれるのか!?」
 そりゃ、そうだ。スウェーデンのズラタン・イブラヒモビッチやイングランドのウェイン・ルーニーのようなストライカーが欲しいといったところで、それはないものねだりに過ぎない。
 この国に必要なのは、岡田ジャパンのシステムに適したストライカーである。岡田ジャパンのコンセプトは「前線からのプレス」と「攻守の切り替えの速さ」。このコンセプトをいかせるストライカーと言えば、真っ先に浮かぶのが、ウズベキスタン戦で、南アフリカ大会出場を決める貴重な決勝ゴールを挙げた岡崎慎司だ。

 そのシーンを振り返ってみよう。
 前半9分、中盤でボールを受けた中村憲剛が前を向いたと同時に、DFラインの裏へ走り込んだ岡崎は、中村憲からの縦パスを巧くトラップし、左足を振り抜いた。シュートはGKの正面を突き、一旦は弾かれたものの、そのボールに食らいつくようなダイビングヘッドでウズベキスタンのゴールネットを揺らした。
 岡崎は元日本代表FWのゴン中山を尊敬しているというが、彼ゆずりの泥臭いゴールだった。
 試合後、岡崎はこう語った。
「今までは親善試合でしか決めていなかったので、やっとチームのために何かできたかなと思う。まだまだ課題があるので、ベスト4目指してレベルアップをしていきたい」
 密集戦を得意とする岡田ジャパンにあって細かい網の目をくぐる素早い小魚のようなストライカーは必要不可欠である。
 1年後、岡崎が海外の大男たちを翻弄するような場面が増えれば増えるほど、日本のチャンスは拡大する。今や彼は日本の切り札といっても過言ではあるまい。
 9月5日にはアウェーでのオランダ戦が予定されている。オランダといえばFIFAランキング3位(7月10日現在)に位置する南アW杯の優勝候補だ。
 岡崎が大男たちの間隙を突ければ、意外な展開になるかもしれない。23歳の若武者がどこまで通用するのか見てみたい。

<この原稿は2009年7月7日号『経済界』に掲載されたものです>

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