ブラッシーはカメラマンを見つけると、歯をヤスリで研いでみせた。私たちファンはその写真を見て、いつもこうやっているのだろうと震え上がった。

 しかし、ブラッシーがヤスリを持ち出すのはカメラマンの前だけで、普段はきちんと普通の歯ブラシで歯を磨いていたという。

 相手の顔にガブリと噛みつく際、カメラに向かって目をひんむくのも、カメラマンへのサービスだった。翌日のスポーツ紙には、この写真がデカデカと取り上げられた。もちろん、これも計算ずくの行為だった。

 そういえばダイヤを散りばめたような銀髪も、返り血に染まりゆく過程を際立たせるための演出ではなかったか。トランクスを純白にしたのも、きっと流血をより強調するための演出だったのだろう。

 そう考えると、ブラッシーは“近代ヒール”の開祖だったということもできる。その後、日本マットを席巻したアブドーラ・ザ・ブッチャーもタイガー・ジェット・シンも皆、ブラッシーの影響を受けているのだ。

 昔、“和製ヒール”の上田馬之助さんがこう語っていた。
「ベビーフェイス(善玉)は顔が良ければ誰でもできる。でもヒールはクレバーじゃなきゃ務まらないんだよ」

 きっと、そうなのだろう。いや、そうに違いない。

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