ハンドボール界のスター宮大輔が9月からスペイン1部リーグでプレーすることになった。移籍先はアルコベンダス。昨季は16クラブ中14位と低迷した。
 聞けばスペイン1部リーグには身長190cmを超える選手がさらにいるという。身長173cmの宮にとっては、まさに“巨大な壁”だ。
 しかし、だからこそ「やりがいがある」と宮は目を輝かせる。身長の低さを利用すれば、逆に相手DF陣にうまく紛れ込むことができる。相手GKにとって敵の動きが見えないことは不安以外の何物でもない。
 リーチの短さも、宮は逆に「自らのアドバンテージ」と考える。小さなフォームから素早くシュートを放つことができるからだ。つまり宮はスペインで牛若丸になろうとしているのである。

 宮の話を聞いていて、脳裏に浮かんだ元ボクサーがいた。元世界ジュニアミドル級(現スーパーウェルター級)王者の輪島功一だ。
 輪島にはざっと数えるだけで3つのハンディキャップがあった。
 リーチが短い上に、デビュー時の年齢は25歳と遅く、しかも日本人には不利な重量級。デビュー当時、彼が世界の頂点にまで上りつめるだろうと予想した関係者は一人もいなかった。だが輪島はオセロゲームの名手がひとつひとつ相手の石をひっくり返すように陣地を拡大していき、日本のボクシング史に残る名王者となった。

 忘れられない試合がある。ミゲル・デ・オリベイラ(ブラジル)をチャレンジャーに迎えた6度目の防衛戦だ。戦前の新聞には<輪島、完敗の危機>との見出しが躍っていた。オリベイラとは1年前にも戦い、かろうじて引き分けたものの劣勢の色濃い試合だった。

「文字通り最強にして完璧なチャレンジャー。こちらは打つ手がない。今回ばかりは俺もヤバイと思った。そんなある日、俺はホテルからタクシーに乗った。こっちの頭の中はオリベイラのことでいっぱい。と、その時、運転手さんがヒュッと口笛を吹いて窓の外を見たの。誰か知り合いでもいたんじゃない?
 それにつられて、パッと俺も窓の外を見てしまった。そう“アッチ向いてホイ”よ。その瞬間、俺の頭の中に閃光が走った。これをリングで使ってみようと。
 で、実際、オリベイラ戦で使ってみたの。俺がパッと反対を向くとオリベイラもつられて、そちらに視線を移動させた。そのスキを狙って俺はフックを叩きつけてやったよ。これが見事に決まった。結局、この試合、マスコミの予想を裏切る俺の判定勝ち。ザマアミロと思ったね」

 そして輪島はこう続けた。
「俺、思ったよ。結局、勝負事は最後まで諦めないほうが強いんだよ。最近の若い連中、見てみろよ。すぐに諦める、弱音を吐く。自分を追い込まずして、いいアイディアが出てくるわけないじゃないか」

 フィジカル面が弱い。身体能力が低い。大舞台での経験が不足している――。日本人アスリートの欠点はもう聞き飽きた。日本人の本当の欠点は自らの限界を自らが設定することである。ハンディキャップをアドバンテージに変えてこそワールドクラスではないか。宮は輪島になれるのか。サムライハンドボーラーのスペインからの朗報を待ちたい。

<この原稿は「フィナンシャルジャパン」2009年9月号に掲載されました>
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