昨年、世間をにぎわせた「朝青龍騒動」について、感想を求められると、私は次のように答えた。――日本相撲協会は公益法人である。巡業は大切な公益事業のひとつである。理由はどうあれ、公人である横綱が公務をサボったことは許されない。ただ相撲協会が課した罰則はあまりにも重過ぎる。朝青龍は法を犯したわけではない。“軟禁生活”を強いた結果、病状が悪化すれば人権侵害と受け取られかねない。
 今に至るもこの考えに変わりはない。騒動の渦中にあった高砂親方の次の主張は基本的に正しい。<私は「師匠としての監督不行き届き」の批判は甘んじて受けますが、「指導能力が無い」という意見には反論したいところです>。箸の上げ下ろしまで細かく指導するのが親方ではない。ひとつの生き方を示すのが親方の最大の仕事だ。
 元来、高砂一門には先駆的で、なおかつ大らかなイメージがある。そこで育った著者だからこそ朝青龍のような自然児を伸ばすことができたのではないか。
 野茂英雄とイチローがあれだけの選手に成長したのは仰木彬氏との出会いがあったればこそ。弟子に恵まれるのは人徳のある証拠か。
「親方はつらいよ」(高砂 浦五郎著・文春新書・740円)

2冊目は「オレンジの呪縛」(デイヴィッド・ウィナー 著・講談社・1900円)。 クライフなどを輩出したオランダは言わずと知れた欧州サッカーの雄。だがこれまで世界の頂点に立ったことは一度もない。緻密な取材と分析でその理由に迫る。西竹徹訳。

3冊目は「10秒の壁」(小川 勝著・集英社新書・700円)。テクノロジーを伴走者にして、人はどこまで速くなれるのか。100メートルという最もシンプルで、だからこそ奥の深い陸上種目を歴史的に、かつ体系的に解き明かす。

<この原稿は2008年8月20日付『日本経済新聞』夕刊に掲載されたものです>
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