これから2カ月の間に、今後の世界ボクシング界にとって重要な意味を持つ2試合のウェルター級戦が行なわれる。
 まず今週末には、デヴュー以来無敗のまま一時引退していた元最強王者、フロイド・メイウェザーがファン・マヌエル・マルケスを相手に復帰戦を行なう。そして11月には、破竹の快進撃を続ける現役最強の男マニー・パッキャオが、プエルトリコの英雄ミゲール・コットと雌雄を決する。この2戦は今年度最大のビッグマッチとして、それぞれ世界的な注目を集めることになる。
(写真:デラホーヤ(右)引退後も、メイウェザーらの役者が揃うボクシング界は活気を保っている)
 そして当然のことながら、その勝者には近い将来、直接対決への気運が盛り上がってくることも必至。いわば今秋の2試合は、来年の決勝戦に向けてのセミファイナル的な要素を秘めていると言ってよい。具体的には、誰もが期待するメイウェザー対パッキャオの最終決戦に向けて、世界ボクシング界はこれから大きく動き出すことになるのだ。

・9月19日 ウェルター級12回戦
フロイド・メイウェザー(39戦全勝(25KO))
VS
ファン・マヌエル・マルケス(50勝(37KO)4敗1分)

 どちらも超ハイレベルなスキルを備えたボクサー同士。過去5階級を制覇したメイウェザーと3階級制覇のマルケスの対戦は、テクニシャン好きのボクシングファンにとっては、まさに垂涎のカードだと言って良い。
「メイウェザー復帰」という見出しでばかり語られることが多い試合だが、一方のマルケスも業界からの尊敬を集めるエリートファイター。パッキャオを2度に渡って苦しめたことからも、その実力はすでに十二分に証明されている。

 多くの米メディアが選定する「パウンド・フォー・パウンド」ランキングでも、マルケスはパッキャオに続く2位にランクされることが多い。1年半も戦線から離れていたメイウェザーが再起戦で対戦するには、マルケスは一見すると余りにも難しい相手のようにも思えるのだが……。
(写真:メイウェザー(左)とマルケスの試合は高度な技術戦となることは確実)

 しかし対決直前の時点で、この試合はメイウェザーが圧倒的に有利と目されている。最大の根拠は体格差である。
 3階級制覇王者とはいえ、マルケスが勝ち取ったのはフェザー級からライト級まで。メイウェザーがすでにスーパーウェルター級でも実績を積み上げているのに対し、マルケスはライト級以上で試合をするのは初めてとなるのだ。

 この試合の予想を訊かれたパッキャオは「スピードに勝るメイウェザーが優勢」と答えている。そして筆者の見方もパッキャオと同じだ。大概は下の階級から上げてきた選手の方がスピードがあるものだが、今回の試合はまったく逆で、そこが勝負を分けることになるように思う。

 ともにディフェンス力が高いために、お互いにクリーンヒットの少ない展開が濃厚。エキサイティングな戦いにはならないかもしれないだろうが、それでもメイウェザーが要所でスピード溢れる連打をまとめ、ポイントを集めていきそう。マルケスのカウンターは危険だが、深追いしないだけのしたたかさがメイウェザーにはある。順当ならば明白な判定で、メイウェザーの手が上がるはずだ。

 波乱があるとすれば、やはり1年半のブランクがメイウェザーのメカニズムに影響した時か。元最強王者が「こんなはずではない」という戸惑いをリング上で見せるようなことがあれば、危ないのは確かである。
 ただ、不安の残る序盤さえ無難に乗り切れば固さはとれるはず。そうなればメイウェザーは徐々にスムーズにスピードを上げ、試合をコントロールしていくのではないだろうか。


・11月14日 WBO世界ウェルター級タイトル戦
マニー・パッキャオ(49勝(37KO)3敗2分)
VS
ミゲール・コット(34勝(27KO)1敗)

 もともとジュニアフライ級でデヴューした小柄なアジア人ボクサーが、世界の中量級を震撼させる快進撃を展開。タイトルを奪ったのは4階級のみだが、事実上は7階級を制したも同然と言われる。そしてその過程で、ボクシング王国と言われるアメリカやメキシコの英雄たちを次々となぎ倒していった。
(写真:パッキャオ(左)とフレディ・ローチ・トレーナーのコンビもすっかり有名になった)

 オーバーな表現はなるべく使いたくないが、しかしパッキャオの偉業に関してはもう賞讃の言葉が見つけ切れないのも事実。彼がここまで描いた軌跡は想像の域を越えており、間違いなくボクシング史上で永々に語り継がれていくだろう。

 そんな「アジアの奇跡」の次なる標的は、プエルトリコの英雄・コット。
シェーン・モズリー、ザブ・ジュダーらスピードスターも攻略したコットは、瞬発力に秀でたボクサーにも対応できることをすでに証明している。ジュニアウェルター級でデヴューした選手だけに、骨格的にパッキャオより数廻りも大きいはず。そういった事実を考慮すれば、本来であれば「コットはパッキャオを攻略できる要素を備えている」と書きたくなるところだ。

 ただそれでも、現在のパッキャオ相手にコット有利の予想は出せまい。特にコットは昨年7月のアントニオ・マルガリート戦で痛烈な初黒星を喫し、今年6月のジョシュア・クロッティ戦でも足取りに鈍りが感じられた。ラテンを代表する人気王者もすでにピークを過ぎたのであれば、飛ぶ鳥落とす勢いのパッキャオの鋭いステップインをかわし切るのは難しいと言わざるを得ない。
(写真:パッキャオ(右)とコットの対戦は劇的な結末が予想される)

 そしてコットは決して打たれ強い選手ではないという事実が、この試合のスリルをより一層煽る。ゴングが鳴った後、ファンは一瞬たりとも眼を離すべきではない。パッキャオが序盤からあっさりと痛烈なダウンを奪い、メイウェザー戦に向けて気勢を挙げる姿を想像するのは、もうまったく難しいことではないからだ。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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