「ボブスレーは、実は“マテリアル戦争”なんですよ」
 日本ボブスレー・リュージュ連盟の山本忠宏ボブスレー強化委員長はそう語る。
 ボブスレーにおいて重要な要素は3つある。スタートでのブレーカーの押しの強さや速さ。乗りこんだ後のパイロットの操縦技術。そしてソリである。これら3つの要素によってタイムが競われる。なかでもソリは研究・開発の力の入れ具合や費用問題など各国によって差があり、日本チームにとっても大きな壁となっている。果たして、強豪国と日本との差はどれほどのものなのか。山本強化委員長に実状を訊いた。
 ボブスレーで使われている競技用のソリをつくるメーカーは世界に2、3社しかないが、各国から寄せられた細かな注文に沿ってつくられるため、同じメーカーでもソリの形状は異なる。もちろん、新型であればあるほど風の抵抗を受けにくく、滑りがいい。そのため、オリンピックが近づくと、潤沢な資金力を有する欧州勢や米国などは新型のソリに買い替える。

 だが、日本ではそうはいかない。ソリ1台の値段は数百万円。ボブスレーがマイナースポーツである日本ではそこまでの資金力はない。前回大会のトリノ五輪でも古い型のソリを使って出場している。昨年11月、女子チームが新品のソリを購入したが、山本強化委員長によれば、国内チームではおそらく初めてのことだという。円高の時期で通常よりも安価な値段で購入できたが、それでも600万円だった。

 さらに、ソリを滑らせるには車体以外にもランナーというエッジを購入しなければならない。実はこのランナーがボブスレーには非常に重要で、コースによって異なる気温や氷温によって滑走しやすいように各チームがメーカーに注文して削る作業が必要となる。このランナーの滑り具合によって、100分の1のタイム差が出てくるため、どのチームも非常に神経を使っている。

 そのランナーは1セット20万円。ソリ1台に2セットが必要で、さらに滑走しやすいように仕立てるのに60万円ほどかかる。つまり、ソリ1台を購入するのに合計700万円ほどの費用がかかるのだ。チームのスポンサー料だけで賄うにはあまりにも高額で、毎回のように新型を購入するわけにはいかない。

 しかし、世界の強豪国は最新のソリを何台も購入し、その中から最もいいものを選んでオリンピックに出場している。
「9月、ドイツに合宿に行ったのですが、ちょうどロシア代表も合宿をしていたんです。聞けば、1億円の予算で新しいソリを10台、ランナーを25セットを一度に購入したとか……。向こうは国家プロジェクトとして強化が図られていますからね。日本とは全く扱いが違いますよ」と山本強化委員長。しかも、ランナーは10セットに1セットほどしか滑りのいいものがなく、ほとんどが強豪国に良質のものがいってしまうのが現状だという。山本強化委員長が“マテリアル戦争”と言うのもうなづける話だ。

 日本が資金力をつけるには、やはり国内での認知拡大が絶対条件となってくる。スポンサー集めにも国民からの注目度・人気度は外せない要素だからだ。現在、日本国内のボブスレー競技人口は男女合わせてわずか30人程度。普及できないのは、ボブスレーと触れ合う機会が少ないからだという。
「ボブスレーの競技用コースは全国でも1つしかありませんし、ソリが高額ですから個人的に購入するには無理があります。また、国際ルールとして18歳以上と規定されているために子どもの頃から慣れ親しむわけにはいかないんです」

 他競技以上に制約が多いボブスレー。その人気を高めるためには、やはりオリンピックで日本チームが活躍することに限る。これまでの日本チームの最高順位は1972年札幌大会、男子4人乗りの12位。今大会の目標は1ケタ台だ。
「ボブスレーのみどころは何といってもスタートです。各国の選手が集中力を高めるために大声で叫んだり、体を叩いたりして、熱気がすごいんです。ところが、スタート直前には一気に静まり返る。それから合図とともに一気にソリを押し込むあの迫力はすごいですよ」と山本強化委員長。日本国民にアピールする4年に一度のビッグチャンスは、あと4カ月後に迫っている。

(斎藤寿子)
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