競輪における最少の単位の着差は「微差」である。競馬でいうところの「鼻差」だ。長さにすれば1センチ未満。これで負ければ泣くに泣けない。
 1993年の競輪GP。33歳の滝沢正光は大外を強襲する高木隆弘と逃げ込みを図る吉岡稔真に追いすがる井上茂徳の2人を割るように突っ込んできた。
 勝ったのは吉岡か滝沢か。写真判定の末、軍配は「微差」で滝沢に。「スリット写真を見たけど、どっちが1着かわからなかった」と吉岡。レース後、周囲から言われた。「オマエ、タイヤ替えてなかったのか?」

 吉岡の回想。「あの時は、ほんの爪の差分、届かなかった。もう、びっくりするくらいの僅差です。それまではタイヤのことなんて気にもしなかったけど、GPに勝つには実力に加え、運もいるのだと。そして運を掴むためには、事前にやれることは全部やっておこうと。GP前に新品のタイヤに履き替えるようになったのはそれからです」
 通常、競輪選手は3場所から5場所、同じタイヤを履き続ける。使えば使うほどタイヤは丸みをおび、安定感が出てくる。しかし、一発勝負となると話は別だ。

 2004年からGPの1着賞金は1億円(副賞の500万円を含む)にはね上がった。対して2着は2000万円。「爪の差」で8000万もの開きが出てくるのだ。ベストナインに選ばれたファイナリストたちが少しでも尖ったタイヤで勝負を賭けようと考えるのは理の当然だ。
 再び吉岡の解説。「新品のタイヤだと、それだけ接地面が少なくなる。雨の日とかはそれだけ滑りやすくなるわけで、使い慣れていたタイヤに比べると恐いですよ。でも3分で1億円となれば、もうそんなことは言ってられない。GPはそれだけ特別なレースだってことですよ」

 さて、暮れの大一番、勝つのは誰か。GPは仁義なき戦い、間違いなく混戦になる。GPに落車が多いのは、知略と気迫の限りを尽くす「現代の白兵戦」だということだ。私の狙いは単騎の海老根恵太。岐阜ラインの3番手に石丸寛之が付くとして、その後ろで足をため、虎視眈々と勝機を窺うのではないか。平原康多がまくり、加藤慎平がブロックすれば内が開く。そこを誰が突くのか。石丸や神山雄一郎にもチャンスはある。そして、タイヤの輝きにも注目したい。

<この原稿は09年12月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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