「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」。幕末、吉田松陰が米国に密航を企てたが失敗。江戸へ護送される途中、高輪・泉岳寺で赤穂浪士の故事に託して詠んだ歌である。
 損になるどころか、失敗すれば命までも失いかねない。それでも行動に移すのは大和魂の為せる業であると松陰は自らの心情を歌に込めたのである。命まで取られることはないとはいえ、渦中の貴乃花親方も同じ心境ではないだろうか。思い出すのは横綱に推挙された際の返礼の口上だ。
「不惜身命」
 こちらは仏教用語だが、松陰の「やむにやまれぬ大和魂」と一脈相通ずるところがある。

 よもやそんなことはあるまいと思われるが、一部の一門が2月1日に行われる理事選の際、投票用紙をチェックする方針であるという記事が25日付の本紙に載った。財団法人日本相撲協会における理事選のルールは公職選挙法を叩き台にしてつくられたものといわれており、協会の憲法とも言える「寄付行為」の施行細則には「理事の選挙は、評議員会において評議員の単記無記名投票により行う。選挙は相撲道の本旨に鑑み、名誉と品位を汚すことなく厳正に行われねばならない」と謳われている。

 もし「単記無記名投票」が損なわれるようなことがあれば、それはすなわち「不正選挙」であり、選挙自体の有効性が問われかねない。「名誉」も「品位」もあったものではない。協会を所管する文部科学省が“物言い”を付けたのは当然だ。自由な投票行動が脅かされるとしたら、それは100%の信任を受ける北朝鮮の代議員選挙と選ぶところがなくなってしまう。

 過日、貴乃花親方から、じっくり話を伺う機会があった。私が興味を持ったのは成長戦略としての「底辺拡大策」だ。一例をあげれば中学校の新学習指導要領による武道必修化に伴い、柔道、剣道、相撲が選択制になった。これは少子化の時代にあって相撲を普及させるための千載一遇のチャンスなのだが、協会の動きは鈍い。神社の境内などにあった土俵もどんどん減っている。相撲の普及なくして協会の発展はない。2年に1度の選挙であるにもかかわらず政策論争が起きないのが寂しい。

<この原稿は10年1月27日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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